失望、失意、失敗、失念、失笑、失策。
失うことは、悲しいことなのだろうか。

上映中の映画『静かな雨』の原作は、2016年に『羊と鋼の森』で本屋大賞を受賞した宮下奈都さんのデビュー作。大学の研究室で働く行助(ゆきすけ)は、駅前でたいやき屋を営むこよみと出会い心惹かれるが、程なくして、こよみは事故に遭い、新しい記憶を短時間しか留めておけなくなってしまう。行助を演じた太賀さんは、最初に脚本を読んだときに、「世の中にごまんとある記憶喪失者の映画の中で、自分がやる意味はどこにあるんだろう? どうしたら、行助というキャラクターをリアルに、それでいて魅力的に見せることができるだろうか?」と、熟考したという。

撮影/山本倫子
なかの・たいが
1993年2月7日生まれ。東京都出身。2006年俳優デビュー。『バッテリー』(07年)『桐島、部活やめるってよ』(12年)『私の男』(14年)『あん』(15年)などの話題作に相次いで出演。舞台でも活躍する。16年、宮藤官九郎脚本のドラマ『ゆとりですがなにか』の山岸役で注目され、福田雄一脚本・演出のドラマ『今日から俺は!!』で圧倒的な存在感を示す。近年の主な映画出演作に『アズミ・ハルコは行方不明』『闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(いずれも16年)、『ポンチョに夜明けの風はらませて』(17年)、『来る』『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(ともに18年)、『きばいやんせ!私』『町田くんの世界』『タロウのバカ』(いずれも19年)などがある。

大切ななにかを失っても、残るもの。
人は、そこに強烈に惹かれるのかも

リアルかそうでないかは、太賀さんが役を演じる時にもっとも心を砕いていることだ。
「中川(龍太郎)監督とは、2015年に、『走れ、絶望に追いつかれない速さで』という映画でご一緒しています。ずっと、オリジナルストーリーを紡いで、映画を撮ってきた監督の初めての原作ものということで、何とか力になれればな、と思って。クランクインする前に、たくさん話し合いを重ねました」

出来上がったのは、『静かな雨』というタイトルに相応しい、静かな静かな映画である。中川監督は、パンフレットの監督インタビューで、「“今ここにある光こそ”というのがこの映画のテーマ。人生では、ようやく希望を見つけたと思った矢先に悲劇が降りかかったりする。この先、世の中自体がよくなることはないだろうと、漠然と予感している僕らの世代(※監督は1990年生まれ)が信じられるのは、ある日の夕方の美しさであったり、手作りの食べ物の温かさのように、ささやかだけど確かに目の前に存在するものなのではないでしょうか」と語っているが、太賀さんもまた同じように、インタビュー中、目の前にある“ささやかな光”の美しさに言及した。

「誰にとっても当たり前にあると思っていた“記憶”が、ある日突然失われてしまった。それはとても悲しいことだけれど、行助は、悲劇を体験したことでそれまで気づけなかったささやかな光に気づけたと思うんです。こよみさんの記憶は2度と更新されない。でも、記憶を失う前とあとで、変わらないこよみさんの表情があって、行助はそれに支えられた。この仕事をしていると、成長とか進化みたいなものを芝居で体現しなきゃならないことも多いんですが、この映画では、“変わらないもの”が行助にとって一番信じられるものになっている。それは、僕にとってもリアルだなと思える部分でもあります」