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# 大戸屋

赤字転落「大戸屋」、ここへきて脱“手づくり”に追い込まれるワケ

もう劇薬を使うしかないのか

赤字経営が止まらない

2019年11月13日、大戸屋HD(=以下、大戸屋)の中間決算が発表され、2001年上場以来初の赤字転落の内容であったことは記憶に新しい。また、通期決算も修正され、売上高250億円、営業利益0円、経常利益0円と修正された。

しかしその後、下半期の2019年10月~12月も売上高昨年対比マイナス5.7%、顧客数昨年対比マイナス6.7%と上半期平均より下回っている。しかし、この赤字に至るには数年前からの“予兆”があり、現在も「未来の大戸屋」を左右する経営判断に迫られている。

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本題に入る前に、まずここに至るまでの苦境の要因について振り返りたい。

1つ目の要因は、いわゆる「お家騒動」だ。

歴史を紐解くと、大戸屋の創業は1958年1月池袋に「大戸屋食堂」を三森栄一氏が開店。「全品50円、白米だけの注文OK!、佃煮のボトルキープOK!」の超低価格路線で大人気を博したことに始まる。

 

当時の客層は今とはまったく異なり、サラリーマンすら来ず、貧乏学生と労働者がメイン。従業員も流れ者ばかりで、無断欠勤・酒酔い勤務・従業員同士の喧嘩も日常茶飯事であったと2代目・三森久実氏も当時を振り返っている。

「あまりに安すぎて一般客は行かない店」と言われた大戸屋に転機が訪れたのは、1992年のこと。店舗のレベルアップとチェーン化挑戦のために出店した吉祥寺店が火災に見舞われたことを機に、健康的な定食、ゆっくり食べられる空間といった「女性客を意識した店舗」に再建。結果として、行列のできる現在のモデルとなる大戸屋を作ることに成功したのだ。