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# 裁判所

ベテラン裁判官が頭を悩ます「若手・中堅が育たない」という大問題

どうしてそうなってしまうのか

自分の良心に従って判断を下す。それが裁判官の使命だ。しかし若手や中堅の裁判官のなかには、「組織の論理」を重んじるあまり、自分の意見を裁判長にぶつけることを避けるものも少なくないという。『裁判官も人である 良心と組織の狭間で』を上梓した岩瀬達哉氏が解説する。

中堅裁判官への不安

最高裁が、いま最も頭を悩ましているのが、右陪席を務める中堅裁判官の育成である。

2016年6月23日、当時の寺田逸郎最高裁長官は、全国の高等裁判所長官と地方裁判所長、そして家庭裁判所長を一堂に集めた会議で、「合議体による審理を充実させたり、裁判所内外での意見交換の機会を増やしたりして、多角的な視点を持った議論に裏付けられた審理運営を積み重ねることを通じて、紛争の実相を捉えた深みのある判断に至るためのプラクティス(註・技法)を形成していく必要がある」と訓示した。

この長官メッセージに込められた「真の意味」は、任官から10年以上経験を積んでいるはずの右陪席裁判官の、いま一度の育成である。

 

「右陪席は、3人の裁判官で審理する合議事件だけでなく、ひとりで審理する単独事件も抱えていて尋常な忙しさではない。起案された判決原案も斜め読みしているような状況で、合議になかなか集中できない。また、合議の場でいろんな意見を言うと、深く関わらなくてはいけなくなるため、おとなしくしていることが多い。その右陪席を巻き込んで、合議を充実させてほしいということを、寺田長官は言外に語っていたのです」(ある裁判官)

裁判する力は、事実をどう捉え、どう評価したかという「判断センス」にかかっている。言いたくても言えない弱い立場の人の意見でも、理由があれば吸い上げる。強い立場の人の意見であっても、理由がなければ応じない。そんな事件に向き合う人柄と判断センスは、裁判実務を積み重ねていく以外に養うことができず、多数決原理で決まる行政的センスの中で育つものではないからだ。