身の程知らずの欲求は国を滅ぼす―「権力のネメシス」とはなにか―

かつてのドイツ、そして日本も
小林 道彦 プロフィール

軍部という切り口

日本近代史研究は他の学問分野と同様、「専門分化」が進んでいる。政治史は軍事史と峻別され、外交史や憲法史・法制史も独自の歩みを印してきた。また、時代的分化も甚だしい。「明治維新史」や「昭和史」はそれ自体、独立して論じられる傾向が強く、「日本近代史」全体を俎上に載せた概説書は意外と少ない。

 

だが、そもそも近代史全体や近世史・戦後史との連関を意識しなければ、明治維新史や昭和史を語ることはできないのではないか。

ということで、明治維新から敗戦まで、近代日本70有余年の歴史を軍部という切り口を通して描くことにした。本書でいう「軍部」とは、政治権力としての陸軍のことである。もとより、政治権力としての海軍も存在するが、陸軍に比べればその影響力は限定的である。というわけで、本書では海軍への言及は必要最小限に止めた。

さて、政治権力としての陸軍の歴史といっても、これでもまだ茫漠としている。そこで私は第一に、「明治憲法体制のなかの陸軍」という枠組みを設定して叙述を進めることにした。

そこで問題になるのが、内閣における陸軍大臣の位置づけと、憲法外機関たる参謀本部と内閣との関係、さらには「外地」における陸軍のコントロールである。

特に最後の問題は、日本の対外膨張メカニズムの解明には絶対に逸してはならない論点であろう。日本の周辺地域との接触、あるいは周辺地域の帝国への包摂は、日本の統治構造にどのようなインパクト(「膨張の逆流」)を与え、それは「国体の精華」たる国軍にいかなる変容をもたらしたのだろうか。

しかし、それより先に解明すべきは、内閣や憲法が出来る以前から日本陸軍は存在していたのであり、それがいかなる経緯を辿って創出されたのかということであった。

近代軍の建設は徴兵制の創出と表裏一体であり、後者は政治的参政権の問題と密接に連動している。「平民」の子弟に「死を賜う」可能性を含む徴兵制度は、その政治的対価としての参政権・選挙権の拡大の問題と直結しているのである。

過去の人物の内面に踏み込んで歴史を叙述することも非常に魅力的ではある。ただこれは本当に難しい。表面的な対応の背後に秘められたホンネ部分を剔抉しなければならず、筆者の人間理解の幅と深さが問われるからである。

私は、歴史的人物の内面描写よりも、先の見えない混沌たる状況のなかで制度の創出に苦心したり、出来上がってしまった制度の中で抗う人々の姿により多くの魅力を感じていた。本書が「制度」に若干多めの紙数を費やしたのはそのためである。

最後に、これは筆者からの僭越なお願いであるが、本書を手に取られる方々は、どうか世上流布している「護憲」「改憲」という枠組みのなかに本書の主張を当てはめて、先回りして読み込まないでほしい。本書が意図したのは、一つの史料には一つの「正しい」史料解釈が存在するという勘違いを排して(史料解釈は本来多様なものであり、多様性の容認こそが歴史学の生命である)、より自由な言論空間を確保することにあるからである。

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