驚くべき「水素の隠れ家」! 「愚者の金」が賢者に研究されるワケ

「黄鉄鉱」の真価は本物を超えるかも?
物質構造科学研究所 プロフィール

ほかの素粒子と同様に、ミュオンもスピンと呼ばれる物理量を持つ。 スピンの向きが揃ったミュオンを物質に打ち込んで、ミュオンスピン運動の時間変化を計測すれば、ミュオンの電子状態に関する情報を得ることができる。

 

物質中に打ち込まれ電子を引きつけた正ミュオンすなわち「ミュオジェン」が本物の水素によく似ているので、ミュオジェンを観測することで、調べるのが難しい水素原子の電子状態について推論することができるのだ。

周期表上で重水素、三重水素につぐ第3の同位体としてのミュオジェン

この方法によって試料が水素を含むかどうか分かるわけではないが、そこに水素原子が存在した場合の電気的特性を知ることができる。 実験結果と、対象物質中に水素がある場合とない場合の理論的予想とを比べることによって、「忍者」が潜んでいるか判別することができるのだ。

研究者たちは天然の黄鉄鉱の塊から実験を始めた。鉱石を板状に切り、あらかじめその一般的な物性を調べた。そしてJ-PARCとカナダの粒子加速器研究所 TRIUMFにおいて、異なる実験条件で黄鉄鉱の板にミュオンビームを照射し、注入されたミュオンの挙動を調べた。

実験データによると、注入されたミュオンはいずれも電気的活性を持つ2つの異なる電子状態にあることが分かった。これは、もし水素原子が潜在していれば、それが黄鉄鉱の電気的特性を変えてしまうことを意味する。

水素が複雑に絡み合う効果によって、黄鉄鉱が示す「不可解な電気特性」の一部または全部が説明できる可能性が大いにある。つまり、それこそが黄鉄鉱の半導体としての潜在能力が活かしきれていない理由かもしれないのだ。

この研究の次のステップは、黄鉄鉱の中に隠れた水素が、なぜそのようにふるまうかの徹底的な理論的解析だ。理論からの推測値と実験結果との比較によって、「愚者の金」の真の潜在的価値が明らかになるかもしれない。

理論計算で予想される黄鉄鉱中の水素の位置(水色の領域)。赤点の位置がミュオン実験で分かった2つの状態に対応すると考えられる。Hdのdはdiamagnetic state(反磁性状態)、Hpのpはparamagnetic state(常磁性状態)を表す。Hdは共有結合状態、Hpは孤立している状態と考えられる
論文情報:“Local electronic structure of interstitial hydrogen in iron disulfide,” H. Okabe, M. Hiraishi, S. Takeshita, A. Koda, K. M. Kojima, and R. Kadono, Phys. Rev B 98, 075210 (2018).
【大強度陽子加速器施設(J-PARC)とは】
高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARC内の物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われ、世界中から研究者が集まる。