驚くべき「水素の隠れ家」! 「愚者の金」が賢者に研究されるワケ

「黄鉄鉱」の真価は本物を超えるかも?
物質構造科学研究所 プロフィール

しかし、この新しい研究を主導している門野良典教授は、それで話は終わらないと言う。

門野 良典(Ryosuke Kadono)
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所


大強度陽子加速器施設(Japan Proton Accelerator Research Complex; J-PARC)の大強度ミュオンビームを中心に、中性子など他の量子ビームも活用し、物質が示す磁性や超伝導の原因となる電子の状態、さらには材料の性質に大きな影響を与える微量水素の振る舞いを原子レベルで解明すべく、日夜研究にいそしんでいます。
子どもの頃に触れた鉱石ラジオがきっかけでアマチュア無線に入れ込み、高校時代は無線部で電子工作に没頭。これが実験物理学への入り口となって今の仕事にもつながっていると感じています。

水素はこっそりと物質中に忍び込むことができて、隠れたままいろいろな問題を引き起こす。「水素は物質にとってまるで忍者のような不純物で、至るところにいてとても活発であるにもかかわらず、見つけることが難しい」と門野教授は言う。

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半導体中に水素を埋め込むことは、ときには有用で、むしろ好都合でさえある。適正量の水素が適正な位置にあれば、水素によって構造上の欠陥による影響を減らすことができる。しかし、とくに予想外あるいは未確認の場所に水素が過剰にあると、材料の電子特性を望ましくない方向に変えることがある。

 

黄鉄鉱が謎の電気活性を示すことが分かってから、門野教授は、黄鉄鉱が忍者(つまり水素)の隠れ家なのではないかと考え始めた。もしそうなら、水素を制御することで、最終的に黄鉄鉱の半導体としての潜在能力を引き出すことができるかもしれない。

物質中の水素を観測することは難しいことで知られている。とくに低濃度ではなおさらだ。そこで研究グループは独自のアプローチを始めた。それが、ミュオンの注入だ。

水素の原子核にそっくりな素粒子

ミュオンは素粒子の一つで、電子の仲間だ。電子と同じ大きさの電荷を持つが、質量は電子の200倍もある。ミュオンは通常は宇宙線などによって生成されたときに存在を確認できるが、物質の構成物として観測されることは決してない。

たいていの素粒子のように、ミュオンも同じ質量で反対の電荷を持つ反粒子*を持つ。そのため、正の電荷をもつミュオンには「ポジティブミュオン(正ミュオン)」といういい名前が付いている。

正ミュオンは比較的重いので陽子と似ていて、うまく水素の原子核になりすますことができる。偽物は、正電荷で電子を引きつけて(水素原子に似た)風変わりな原子になることで、一段と本物らしくなる。門野教授とその仲間はこのような元素としてのミュオンの性質を表すために「ミュオジェン*」という言葉を用いているが、これが彼らの研究の鍵だ。

*反粒子:すべての素粒子が、それと同じ質量を持ち、電荷などの符号が正負反対の素粒子を持つと考えられている。
*ミュオジェン【Muogen】:「原子」は物質の構造を表す言葉であるのに対し、「元素」はその性質を表す言葉である。「ミュオジェン」は、元素としての水素(Hydrogen)に対応する元素名として提案されている。

真空中の水素とミュオジェンの構造と大きさの比較。物質中の電子を引きつけた正ミュオンは水素にそっくり

基本的な考えはこうだ。