人気漫画『きのう何食べた?』が女性たちの心をつかむ「納得の理由」

「平成の豊かさ」とは何だったのか
阿古 真理 プロフィール

1人暮らしの食卓場面はほとんどない

よく登場するのは、史朗の買いもの仲間の主婦、富永佳代子。10歳ほど年上で、趣味仲間をときどき家に連れてくる会社員の夫と2人暮らし。1人娘のミチルが近くに住んでおり、やがて結婚して息子を産む。佳代子から史朗は、薬味たっぷりのそうめんを教えてもらったり、手巻き寿司パーティやお花見に誘われる。ミチルの息子が、史朗を親せきだと思い込んむほど彼らは親しい。

佳代子の夫が家へ連れてきたテニス仲間の小日向大策がゲイで、親しくなった史朗は、小日向と彼の恋人、井上航と、ときどきダブルデートをする。

小日向は芸能プロダクション勤めで航はデイトレーダーの年の差カップル。実家から絶縁されている航のわがままに100%で応えようと努めるけなげな小日向。高級な焼き肉店を日常使いする2人だが、実業家の両親が貧しかった頃に子供時代を送った航は、ときどき小日向が作る高級料理に満足できず、ギョウザや鶏鍋といった史朗の庶民的な総菜を喜ぶ。航もキムチチゲなど簡単な料理はできる。

 

史朗と賢二の同僚で、若い人の食卓も描かれる。その結果、作品はさまざまな世代のさまざまなライフスタイルの食卓を見せることになる。ただし全員、一通りの料理の心得があり、ジャンキーな食事は、史朗が働く弁護士事務所の所長ぐらいだ。

所長は夫に先立たれ、一緒に事務所をやる息子の妻と折り合いが悪く、1人暮らし。自立した彼女が、1人で大好きな肉まんを温める食事を「家族の栄養とかなーんも考えなくていい独りメシ サイコ~~!!」と楽しめるのは、シングルマザーだった時代に、きちんと料理してきたからだろう。ほかに1人暮らしの食卓場面はない。

多様な人たちの食卓から、21世紀の日本の暮らしが浮かび上がる。メタボを気にする史朗のマメさ。史朗が残業続きになったときの賢二の孤独。彼女ができると料理を放棄する賢二の後輩。大勢の客をもてなしてきた佳代子の料理上手ぶり。セレブな小日向の手が込んだ料理。洋食屋の実家のシェフと結婚した、弁護士事務所の事務員が工夫する、ヘルシーな献立。以下、具体的に見ていこう。