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「ヘリウム危機」が本当にヤバい理由を「元素の起源」から教えます

風船の中身から考える「宇宙最大の謎」
2019年12月20日、日本物理学会などの学会や大学、研究機関が緊急声明「ヘリウムリサイクル社会を目指して」を発表しました。ふだんの生活では実感できませんが、産業・医療や基礎科学研究の現場で必要とされるヘリウムガスの枯渇が迫っているというのです。

この「ヘリウム危機」を理解するには、元素とは何かを知る必要があります。また、人類が利用できるヘリウムの起源は、宇宙物理学者たちを悩ませた巨大な謎につながっています。『宇宙と元素の歴史』が好評発売中の和南城伸也氏に、ヘリウム危機と宇宙の謎の関係を解説していただきました。

足りないなら、つくればいい?

ヘリウム──この元素名を聞いて何を連想するだろうか。

空に浮かぶ風船につめられたガス、吸引すると声が高く変わるガス(酸欠になる可能性があるのでお勧めはしない)……、そんなところかもしれない。ところが、それも今は昔の話になりつつある。

写真は2010年9月、ミュンヘンのお祭りにて。筆者撮影

じつは、ヘリウムは現代の科学技術に欠かせない存在だ。医療、工業、学術研究にまつわる広い用途で、極低温を実現するための冷却剤などとして利用される。日本で利用されているヘリウムは主にアメリカやカタールなどから輸入されている。

ヘリウムのボンベ。アメリカやイギリスでは茶色だが、日本ではねずみ色と定められている Photo by iStock

その産出量は限られている上に、政治的・商業的要因が重なり価格が高騰し、現在、入手が極めて困難になっている。風船につめたり、声を変えて遊んだりするにはコストがかかりすぎる。

それならヘリウムをつくればいい──そう思うかもしれないが、それは今のところ無理な相談だ。

そもそもヘリウムとは何か。高校の化学の授業で習うように、元素の周期表で、水素の次に登場する原子番号2の元素だ。そして、原子番号とは、その元素に含まれるプラスの電気をもつ陽子の数である。ヘリウムはさらに、電気をもたない中性子2つとマイナスの電気をもつ電子2つをふくむ。

周期表周期表はいずれも『なぞとき宇宙と元素の歴史』口絵に収録
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一般に、元素は原子番号と同じ数の陽子と複数の中性子からなる原子核、そのまわりに存在する原子番号と同数の電子で構成されている。つまり、既存の元素から異なる元素をつくるには、原子核にふくまれる陽子の数を変えること──核融合(または核崩壊)──が必要である。

核融合は1000万度以上というとてつもない高い温度でないと起こらない。実験や医療用の加速器で微量の放射性元素をつくる場合を除いて、今のところ地上で核融合を起こすことにはだれも成功していない。中世の錬金術師が水銀から金をつくることができなかったのもそのためだ。

ヘリウムはなぜあるのか?

そもそも、地球に存在するヘリウムはどこから来たのだろう? 宇宙の知識が豊富な方であれば、それはビッグバンでつくられたものだと答えるかもしれない。

宇宙は138億年前にビッグバンとともに始まり、最初の10分で水素とヘリウムがつくられた。その約25%がヘリウムなので、宇宙はヘリウムに満ちあふれている。