「コペル君、いま君は大きな苦しみを感じている。なぜそれほど苦しまなければならないのか。それはね、コペル君。君が正しい道に向かおうとしているからなんだ。(中略)きっと君は自分を取り戻せる。僕たち人間は、自分で自分を決定する力をもっているのだから」

これは、2018年8月24日に刊行され、瞬く間に200万部のベストセラーとなった『漫画 君たちはどう生きるか』の一節だ。「おじさん」が悩める主人公のコペル君にむけたノートに書かれたものである。1月、2月、3月は季節の変わり目で、多くの節目のとき。受験であれば、希望通りになった人も、そうでない人もいるだろう。そんな時に読み返したくなる一冊が、この『漫画 君たちはどう生きるか』だと言える。

実はこのベストセラー、1997年から2004年まで7年間FRaUの編集長をつとめた一人の男性が深く関わっていた。マガジンハウスから刊行され、担当編集者は元anan編集長と『嫌われる勇気』などのベストセラー編集者。しかし関係者がみな「彼がいなかったらこの本はできなかった」と語る。それはどういうことなのか。刊行当時の2018年に羽賀さんに誕生までの秘話についてインタビューをした記事を再構成してご紹介する。

出版界のスター編集者と無名の漫画家

「僕にこの漫画を描くきっかけをくださったのは、原田さんという編集者の方なんです。といっても、実はお会いしたことはないんですよね。完成してから本をお渡ししたかったけれど、できなかった。

2017年9月に、急に亡くなってしまったからなんです」

そう語るのは、『漫画 君たちはどう生きるか』を書き上げた漫画家の羽賀翔一さん。本書は「anan」の元編集長でもあるマガジンハウスの執行役員・鉄尾周一さんが企画し、『嫌われる勇気』『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』などヒット作で知られる柿内芳文さんが担当編集をつとめた。作画を担当した羽賀さんのマネージメントを勤めるのは、『宇宙兄弟』などで知られるコルクの佐渡島庸平さん。まさにスター編集者たちによる渾身作なのだ。

デビュー作『ケシゴムライフ』もクラウドファンディングでようやく単行本にしたほど、まったく無名な漫画家だった羽賀翔一さんにとって、この作品は初めてのヒット作。しかし漫画を読めば読むほど、「羽賀さんだからこそ」描けた作品であることがわかる。

マガジンハウスの鉄尾さんが小説『君たちはどう生きるか』の漫画版の企画をしたとき、鉄尾さんはずっと雑誌と書籍の編集者としてやってきたから、どうやって漫画を作ればいいのかがわからなかったそうです。そこで、講談社の原田隆さんという親しい編集者の方に相談をしたんです。当時、原田さんは講談社で書籍の局次長を勤められていたそうです。

原田さんは即答で僕の名前を出してくれて、「『ケシゴムライフ』を書いた羽賀くんという漫画家がいる。彼の絵と『君たちはどう生きるか』の世界観は合うんじゃないか」って言ってくれたとか。

そこからすべてが始まりました。

『君たちはどう生きるか』は「コペル君」というあだ名をもつ、中学二年生の本田潤一の成長物語。コペル君はお父さんと死別し、お母さんと二人で暮らしている。もう一人の主人公といえる「おじさん」は潤一に「コペル君」というあだ名をつけた張本人で、コペル君の母親の実弟。コペル君の父親に気持ちを託され、コペル君のひそかなメンターとして、一番の親友として、コペル君にとって欠かせない存在だ。

©羽賀翔一/吉野源三郎『漫画 君たちはどう生きるか』マガジンハウス

いじめられっ子をかばう友人に出会ったり、貧乏な友人の強さを知ったり、友人との約束をやぶってしまったり――学校で様々な出来事を経験するたびに、コペル君はおじさんと話をする。そしておじさんはコペル君がいつか読んでくれるようにと、その時に語ったことやさらなるメッセージを一冊のノートに残す。


小説も漫画も、コペル君の物語に「おじさんのノート」が挟み込まれるようにして作られている。