蜷川幸雄さんの前での長台詞は、
人生で一番緊張した瞬間

ドラマ、映画、トーク番組と、映像で見かけることの多い彼が、ここ7年ほど、コンスタントに舞台に挑戦していることを知っている人は、案外少ないかもしれない。2008年に初めて舞台に挑戦した彼は、少し時間をあけて、2014年に世界の蜷川幸雄さん演出舞台『海辺のカフカ』に、大島役で抜擢された。蜷川さんは、藤木さんが一番多く作品を観ている演出家だった。

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「非常に厳しい方というイメージがあったので、声をかけていただいた時には、果たして自分に務まるだろうかと、一瞬躊躇しました。でも、なかなかないことだし、自分を鍛えるいいチャンスかもしれないと、思い切って飛び込んでみたら、ものすごく優しかった(笑)。とても愛のある方で、僕は一切厳しくされず、逆に、最後まで気を遣われていたぐらいです。ただ、その時にカフカを演じた古畑(新之)君が俳優としては全くの新人だったので、蜷川さんがつきっきりだったんです。それで、僕のことなんか見ている余裕がなかったのかもしれない」

蜷川さんの稽古は、初日から、俳優全員が台詞を入れてくると聞いていたので、藤木さんも必死で台詞を覚え、稽古に臨んだ。でも、大島の出番は、幕が開いて40分ほど経ってから。稽古が始まって何日かは、藤木さんの出番までは回ってこなかった。

「今日は自分の番がくるだろうか? 毎日毎日、ドキドキしながら稽古場にいました。ついに、とうとうその時が来て、ものすごく緊張しながらも、台詞を間違えずに言ったら、『もうできてるじゃないか。いいよ、いいよ』と。その『もうできてる』には、いろんな意味があるんだろうなと思いましたけど……。あれは、今までの人生で一番緊張した瞬間でした(笑)」

撮影/岸本絢