# 裁判所

日本の「裁判員制度」の発端には、裁判所の「責任逃れ」があった

かつて、最高裁長官はこう語っていた
岩瀬 達哉 プロフィール

「司法が一流扱いにされていなかった」だけでなく、どちらかというと霞が関で見下されてきた感のあった最高裁を、誤判のリスクから守り、当時の大蔵省や通産省と対等の地位に引き上げようとしていた矢口は、それら調査報告書を読んで失望したと突き放した調子で述べている。

 

「陪審の研究というのも、やりたいと思ってやったんです。ただ、長官になってしまいますと――総理になると、自分の思う通りに全部ができないことと同じだと、つくづく思いました。陪審の研究をすることは、いいんです。『やれ』と言ったら、事務局は反対しないんです。しかし、実際の研究員の指定まではできませんから」

「裁判員制度をどのようにして実施しようかという検討ではなくて、裁判員制度の可否の検討をしている感じがしないでもありません。……組織が、自分自身を守るという本能的な特性でしょう」

さらにこう続けている。

「むしろ、陪審員は味方ですよ。……陪審員でも裁判員でも、あれは自分に付いてくれて、自分を守ってくれて、自分の意見を固めてくれる人たちだと思うべきです。そして、何か他人が文句を言ったら、『陪審員も入って決まったんだから』と言う。こんないいことはないじゃないですか」