# 裁判所

日本の「裁判員制度」の発端には、裁判所の「責任逃れ」があった

かつて、最高裁長官はこう語っていた
岩瀬 達哉 プロフィール

かつて激しく対立した二人は、運命の不思議な巡り合わせによって司法制度改革の陰の立て役者となり、共に協力しあうことになった。

二人が成し得たもうひとつの成果が、国民の司法参加をもたらした裁判員裁判である。そしてもっとも希求しながら成し得なかったのが、裁判官を弁護士や検事経験者から採用する法曹一元であった。

法曹一元が実現していれば、裁判官は経験を積んだ弁護士と検事からしか採用されず、最高裁が独自に司法修習生の中から採用し、10年かけてキャリア裁判官を育成する判事補制度は廃止を余儀なくされていたのである。

 

導入の建前

成功と失敗に終わったふたつの改革は、もともと矢口洪一が長官時代に構想したものだった。とりわけ裁判員裁判については、その元となる陪審制度の研究を長官として命じている。

「陪審制」は、米国、英国などで採用されている裁判制度で、裁判官ひとりと市民から選ばれた陪審員10人前後で裁判体を構成。有罪か無罪かの判断は陪審員だけで行い、裁判官は法律解釈のアドバイスをし、有罪と認定された場合に量刑を決める制度である。

これ対し現在の裁判員裁判は3人の裁判官と、一般市民から選任された6人の裁判員で構成される。有罪、無罪の判断は全員で合議したのち、過半数の意見によって決定されるが、有罪判決はそこに裁判官が1人以上入っていないと成立しない。つまり、裁判員の意見だけでは有罪にできないという仕組みだ。有罪の場合、量刑もまた同じルールのもと決定される。