マジョリティは充実しているか

 70 年代に障がい当事者が発したメッセージから、森岡氏は「裏」の部分を読み取ったようだ。だが、わたしにはまだはっきりと見えてこない。 

――健全者、健常者が何から目覚めるべきなのでしょうか。 

森岡「障がい者の方が出てきたら、『自分たちの状況を改善しろ』っていう声に聞こえるじゃないですか。というか、我々がそういう風にしか受け取らない。しかし、その見方はすごく浅い。もちろん、彼らはそれを言っていますよ。社会運動としては状況の改善を求めていて、それはそれで正しい。やらなければならない。そうなんだけど、もう少し深いところでは全く違うメッセージがある」

――つまり、それは……。

森岡健常者たちのほうが自分で自分をつらくしているんじゃないのか、ということです。物をたくさん持ち、金ももち、権力も持っているような人たちが、実は一番生きづらくなっていないか。推測ですが、れいわのお二人は恐らくいま、生きていることに喜びを感じていると思いますよ。もちろんつらいんですよ。生きること自体が毎日大変ですからね。他人の介助がないと死んでしまう方たちだから。でも、同時に生きることの喜びを感じながら生きているだろうと、わたしは推測する。むしろ、同じ喜びをもってマジョリティー(多数派)も生きているのかが問われていると思います」

Photo by iStock

――マジョリティーは充実した人生を送っていない、ということですか。 

森岡「マジョリティーの側に立っている人たちは、れいわのお二人を見たら、自分はああじゃなくてよかった、自分は二本足で歩けてよかったと思ってしまうことがあると思いますよ。実はその考え方こそが自分を縛っていることに気がつくべきです。ああじゃなくてよかったということを維持していくために、どのくらいのリソースを我々が自分のために使っているかということを考えてみてもいい。自分で自分に枠をはめてませんか、という話です」