# ジェンダー

かつて「女の子写真」の枠にはめられた、女性写真家からの異議申し立て

賞賛の裏に隠されていた差別
長島 有里枝 プロフィール

もうひとつの主題はセルフ・ポートレイトだ。こちらは男性写真家による作品がほとんど見つからない。したがって、女性写真家によって担われた(90年代に限れば)日本特有のトレンドだったといえるだろう。また、これらのセルフ・ポートレイトは、ヌードの表現を含むものが多かった。

90年代が女性写真家の時代だったという見かたは必ずしも正しいとはいえないが、一概に間違いともいいきれない。この時代には幾つか、彼女たちの躍進をほのめかす出来事があるからだ。例えば、1990年(’89年度)と1991年(’90年度)の木村伊兵衛写真賞を受賞したのはどちらも女性だ。1976年から始まったこの写真新人賞を手にした女性はそれまで一人しかいなかったことを考えると、この連続受賞は写真史に残る大きな出来事だったといえる。

雑誌『DIME』(小学館)1991年10月17日号によれば、当時、女性写真家だけのグループ展がいくつも開催され、海外の女性写真家の伝記の訳本も相次いで出版されていたという。このような動向の延長線上に、90年代における若手女性写真家の台頭はあった。

 

「女の子写真」言説の登場

当時の女性写真家たちの実践が「女の子写真」という言葉で一括りにされ始めたのは1990年代後半のことだ。1995年、写真公募展「第11回写真新世紀」で10代にしてグランプリを受賞したヒロミックス(HIROMIX)がデビューを果たすと、程なくして若い女性たちのあいだで爆発的な写真ブームが起こった。

「女の子写真」という言葉は、そのような動向を説明するために生み出されたものでもある。筆者が調査した限りでは、新聞・雑誌などの記事に「女の子写真」という言葉が初めて使われたのは、当時アート関係者や美術系の学生に人気だったサブカル誌、『スタジオ・ボイス』1996年3月号の「ヒロミックスが好き」特集内においてだ。

『スタジオ・ボイス』1996年3月号