「I LOVE...」公式MVより

Official髭男dismの新曲「I LOVE...」を親密性から読み解く

「イレギュラー」な愛が織りなす星座たち

「ふつう」から逸脱した愛

2019年、Official髭男dismは「Pretender」で空前のヒットを記録した。サードシングルの「宿命」にくわえ、「ビンテージ」や「イエスタデイ」といった佳作を収録したファーストアルバム『Traveler』も10月にリリースとなり、ひとつの区切りがついたと言えそうだ。

そして2020年2月、はやくもニューシングルI LOVE...がリリースされ。「Pretender」に勝るとも劣らぬ傑作であり、セカンドアルバムの中核をなす一曲となるだろう。

わたしはすでに髭男について、「Official髭男dismの大ヒット曲「Pretender」を同性愛から読み解く――JPOPとクィア・リーディングの可能性」という文章を書いている。これはタイトルのとおり、「Pretender」の「僕」を同性愛者として解読するという趣旨の文章であった。

MVにレズビアンのカップルを登場させた「I LOVE...」は、「Pretender」の隠れたクィア性を間接的に裏付けたといえる。だがこの新譜は同性愛にとどまらず、ある意味でPretender」の続編とでも言えそうな、すぐれて現代的な批評性をそなえた作品なのだ。

「I LOVE...」公式MVより

本稿ではそのことを論じるために、親密性親密圏(intimacy / intimate sphere)というキーワードを導入したい。

親密圏という用語にはいくつかの文脈が存在するのだが、本稿では、近代の家族概念、とりわけ血縁で結ばれた(核)家族という愛情関係のありかた、それへのオルタナティヴとして展開されてきた背景を重視しながら、この語を用いたい。

そこで重要な前提は、家族という単位はながらく批判されてきたという事実である。その歴史も一筋縄ではゆかないのだが、ここでは、近代家族は異性愛と家父長制を前提としたイデオロギーであるというフェミニズムの議論に触れておくのがいいだろう。

ようは、父・母・子という構造をもつ家族(愛)が規範化した社会では、たとえば子供を産まないカップルは「生産性」がないから無価値、といった暴論が生まれかねないので、家族以外にも様々に親密な関係があっていいではないかという、もっともな批判が出てくるわけだ。

しかし注記しておきたいが、同性愛が異性愛を排除するわけではないように、親密性もまた家族愛を否定するわけではない。家族愛はあっていいのだ。が、なんらかの理由で家族(愛)を持てない人びとが築く家族とは別の親密なコミュニティ、それはもっと承認・支援されてよい。

「ふつう」の家族からは逸脱した、さまざまな愛情のかたち。それを「I LOVE...」は、「イレギュラー」と形容している。

藤原聡は高音域において弱いファルセットと強いヘッドヴォイスを意識的に使い分けるボーカルだが、曲中の静かなフェーズでシャウト級の音圧をもって発声される「イレギュラー」は、聴覚的にも曲中でもっとも強調される単語であり、発表前にタイトル候補のひとつだったのではないかと邪推したくなるほどだ。

イレギュラーな愛を言祝ぐという「I LOVE...」の意図は、この曲を一聴すれば誰にでも部分的にはあきらかだと思われる。だが、この作品が歌詞・音楽・映像を総動員して親密性を肯定する方法は、一見するよりはるかに複雑だ。丁寧に見てゆこう。