裁判官。日本の中枢にいる彼らの生態について、私たちはほとんど知らない。彼らは普段、何を考え、何を求め、何に悩んでいるのか——。100人以上の現職、元職に取材し、裁判官の内面に迫った『裁判官も人である 良心と組織の狭間で』を上梓した岩瀬達哉氏が、原発裁判に関わった元裁判官の証言を通して、裁判所という組織の一面を浮き彫りにする。
その冬、金沢市は20年ぶりの記録的な大雪に見舞われていた。年末から降り続いた雪は、年が明けても止むことがなく、市内各地の小学校周辺の通学路は雪に埋もれ、児童の通学にも支障をきたしたほどだった。
JR金沢駅から南東の方角に1キロメートルほどいった金沢城公園に隣接する金沢地方裁判所もまた、雪の中にあった。加賀藩主前田家の居城跡に造園された公園の一辺に沿うように建てられた金沢地裁は、3階建ての横長の庁舎である。
新年の松の内も過ぎ、日常が取り戻されて何回目かの土曜日、裁判所総務課の女性職員が休日出勤し、ひとり溜まった仕事を処理していると、静まりかえった庁舎のどこかから何者かが走ってくる薄気味悪い音が聞こえてきた。
気になって仕事が手につかなくなり、意を決して恐る恐る廊下を覗いてみると、薄暗い建物の向こうからジャージ姿の男が向かってくる。なおも目を凝らして見ていると、それは民事部の井戸謙一裁判長(部総括。31期)だった。
女性職員は、井戸に言っている。
「幽霊でも出たのかと思ったら、部長だったんですね。びっくりしました」