持ち家を持っていても、年老いてから売却すると賃貸できずに住む場所がない――日本でそういうことが現実に起きている。賃貸では家を見つけられないから、持ち家に住んでいても売却したい場合は介護施設に入所するか、再度家を購入する、もしくは公営住宅を探し回る。しかしよい施設は待機でいっぱいということも少なくない。日本の高齢者を巡る住宅事情はなかなかハードで、「住活」は60歳までにした方がいいとすら言われているのだ。

では、フランスでは高齢者は苦労していないのだろうか。

フランスパリに20年住み、現在は日本に暮らしている作家の吉村葉子さんは、同じアパートの高齢者の方のみならず、多くの高齢者の方とも会い、日本にはないフランス独特の「高齢者対策」に驚いたという。高齢者用の施設は日本と同じようにあるし、子どもが面倒をみることももちろんある。しかし持ち家がある人が「快適な一人暮らし」をある程度保証される不動産システムがあるというのだ。

ベストセラー『お金がなくても平気なフランス人、お金があっても不安な日本人』の続編『激しく家庭的なフランス人、愛したりない日本人』(ともに講談社文庫)のエッセイから抜粋し、フランス人高齢者で、「快適な一人暮らし」をしている人の多い秘密をお伝えしよう。

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パリには一人暮らしの老人が多い

公園のベンチに腰かけ、ブツブツ一人でなにか喋りながら、鳩に餌をやる老人がいる。真夜中の路地裏。魔女のような黒い服がパリの夜にまぎれ、野良猫を呼ぶおばあさんの声だけが寝静まった町に響く。パリには、一人暮らしの老人が多い。私が住んでいたのもパリの中心、ノートル・ダム寺院が見える距離にあるアパートだったが、同じ建物に老人世帯がとても多かったし、その半数は伴侶に先だたれたやもめ暮らしだった。

一人でいる彼ら彼女たちは、はたから見ると淋しそうだが、ご本人にしてみればまんざらでもないらしい。子供もいるし、老人専用の施設に入居することもできるのに、あえて一人でいることを望んでいるようだった。定期的にお手伝いさんがきてくれるから、最小限の家事だけすればいい。だれに気がねする必要もないし、なによりも彼らは住みなれたパリの町を離れたくないと思っている。

日中家にいる私は、そんな彼らの頼まれごとをした。私の部屋のドアのすきまに、マルシェやスーパーで買ってきて欲しいものを記したメモをさしこむのだった。いずれ私も年をとる。敬老精神から、買い物のついででもあったことだし、喜んでお手伝いをした。
頼まれて買うものはいつも決まっていて、彼らの愛犬用の肉である。どこのお肉屋さんにも、ショーケースのはしにアニマル用とことわった新鮮なお肉が売られている。

フランス人の多くはマルシェ大好き。高齢者の人たちも自分の食べられる分だけを購入するなど楽しんでいる。それでもほしいものが重かったら――近所の若い人に頼めばいいのだ! Photo by iStock

週末や祭日にたまに、きちんとしたなりをした中年のマダムやムッシュが、年をとった彼らの親を訪れているようだった。いつもは一人か、さもなければ分身のような存在になっている愛犬とだけ歩いている老人が、どことなく顔立ちや体つきが似ている、子供らしき人たちと連れ立って、近くのレストランで食事をしていた。

そんな彼らとレストランで、たまたま鉢合わせしたこともあったが、一人暮らしの老人はいつもと変わらず無表情のまま、もくもくとナイフとフォークを動かしていた。遠路はるばる会いにきてくれた娘や息子と、嬉しそうにお喋りする光景とは無縁の、子供はどうでもいいとでもいいたげな顔をしていた。フランスには古くから、そんな一人暮らしの老人の尊厳をまもりながら、富を還元するシステムがあるのである。