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恐山の僧侶「生きるのが辛いとき」に知って救われた、ブッダの言葉

南直哉「人生最高の10冊」

頂点に立った者が迎える死

平家物語』は、僧侶としての人生を歩むきっかけになった本です。

出会いは小学生の頃。父が子ども向けのバージョンを買ってきたんです。当時、特に印象的だったのは平清盛の転落でした。栄華の絶頂を極めた清盛ですが、権力に陰りが見え始めて、最後は高熱を出して熱い熱いと言いながら死んでいく。

そこから、頂点に立った人間の悲惨な死が好きなんだと気づきました。伝記などを読む際にも、どういう死に方をしたかをまずチェックするようになったのです。

人がどんな人生を歩むことになるのかは、誰にも分かりません。幸福な人間がいきなり不幸に突き落とされることもあるし、逆もまた然りです。「なぜ悲惨な死を遂げるのか」と考えても、それは結局、答えの出ない問いに留まるのです。

それは「諸行無常」というブッダの言葉にも繋がってきます。実はこの言葉は、私を救った言葉でした。

 

幼い頃、重い喘息を患っており、ひどい時は息ができない状態になることも少なくなかった。そういう経験を重ねると、死にこだわらざるを得なくなります。自分はなぜ生きているのか、なぜここにいるのか、身体感覚でそういうことをずっと考えてきました。

そして中学3年生になった頃、国語の教科書で改めて『平家物語』に触れます。そこには、小学生向け『平家物語』にはなかった「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という一節が入っていました。百科事典で調べると、仏教の言葉で、2000年以上前に生きたブッダというインド人の言葉だと分かりました。

「諸行無常」は、自分が考えていたことをぴたりと言い当ててくれる言葉でした。時代も場所も超えて、自分と同じことを考えている人がいると気づけたのは嬉しかったですね。