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ロスジェネ世代のケアマネが18年苦しみ続けた介護業界の「現実」

格差、薄給、死、それでも…

ある女性の忘れられない「死に際」

ケアマネジャーの森仁成さん(仮名)は、10年以上経った今でも胸に突き刺さっている記憶がある。担当していた80代女性・Aさんの記憶だ。

Aさんは、自宅で最期を迎えた。Aさんは亡くなるそのときまで、認知機能の低下はほぼなかった。ただ、慢性心不全のため歩くことはできず、常時車いすを使用していたが、数ヵ月前までは車椅子からベッドやトイレに移ることや、簡単な調理や洗濯など、身の回りのことは一人で可能だった。

Aさんは長男と中学生の孫の3人暮らし。介護は長男が担っていたが、仕事があるため、平日の日中はほとんど一人だ。

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しかし、加齢と心不全の悪化により、体力や筋力が低下すると、自分で車椅子に移ることができなくなり、臀部に褥瘡(じょくそう)ができやすくなった。食事の用意もできなくなり、長男が用意して仕事に行くが、徐々に低栄養状態となる。

次第に長男一人の介助では病院受診もままならなくなり、訪問診療と訪問介護を開始。訪問診療の医師は「在宅看取り」に力を入れており、「最期は自宅で」という方針を長男と固めていた。

しかし、実際に自宅で最期を迎えることは困難だ。Aさんの場合、食事の準備、排泄、入浴、ベッドへの移乗など、ほぼ生活全般について支援が必要になり、長男は可能な限りの支援を行っていたが、徐々に疲弊していった。また、Aさん自身も、十分な支援が受けられない状態が続いたことで、褥瘡や栄養状態の悪化、脱水などがあり、倦怠感が強くなっていった。

 

ある日、ケアマネジャーの森さんはAさんから「身体がしんどいし、毎日辛いから、施設に入れてほしい。息子と孫にこれ以上しんどい思いはさせたくない」と打ち明けられる。

Aさんの状態は落ち着いており、施設入所は十分可能な状態だった。そのため、森さんは長男にAさんの思いを伝えた上で、「施設に入所し、十分な介護を受けた方が本人も快適であり、長男も今の負担が緩和される。週末などには面会に行って、一緒に過ごすこともできる」と施設入所を提案。すると長男は、施設入所に気持ちが動く。

ところがその後、訪問診療医が長男に、「施設に入れば寝かしきりになり、状態が低下して亡くなってしまう」と話し、結局長男は入所を断ってしまった。