2月 3日 慶長地震(1605年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

江戸時代初期の1605年のこの日(慶長9年12月16日)に、東南海から九州地方までを大地震が襲いました。日本太平洋側沿岸各地で、津波による被害が出ました。

地震の概要

地震の規模は、マグニチュード7.9程度と推定されており、震源は南海沖(南海トラフ)単独地震説と南海沖と房総沖の連動地震説、遠地地震説など、諸説あります。その一方で、地震による陸上での被害の記録が少なく、対して津波による大規模被災の記録は存在します。

 

このことから、地震による陸地の揺れが小さく、津波が予想されにくい津波地震であったとされていて、現在、想定されている南海トラフ地震とはメカニズムが違い、明治三陸地震(1896年)に近いタイプの地震といわれています。

関連の日:6月15日 明治三陸地震津波が発生(1896年)

津波による被害が大きかった

津波は、千葉県の犬吠崎から九州の鹿児島までの太平洋沿岸に広範囲に発生し、室戸岬では13メートルほどの高さの津波だったという記録も残っており、多数の死者が出たといわれています。また、紀伊の広村(現・和歌山県広川町広)では、1700戸の家屋のうち700戸が流され、徳島県の宍喰(現・海部町)では、3800人を超える死者が出たという記録もあります。

  室戸岬東側沿岸の高知(写真手前側)・徳島県境付近。画像の奥側が高知県東陽町、海部町宍喰。慶長地震の折には、このあたりにも大きな被害が出た記録が残る photo by gettyimages

その後に起きた、日本列島太平洋側沿岸が被害を受けた宝永地震(1707年)や、房総半島から相模湾沿岸が被害を受けた元禄地震(1703年)によって、津波被害の痕跡が流されたとことも考えられ、実際には記録に残っていない被害も多くあったと思われます。

津波は、地震による地表の揺れ(地震動)で起こるのではなく、海底面で起こった断層運動による地殻変動によって引き起こされます。したがって、地震動が比較的小さくても、地殻変動が起こす波が大きい場合は、揺れが大きくないのに大きな津波が起こる津波地震となるのです。

津波被害に対する備え

マグニチュードの大きさに比して、大きな津波が発生する津波地震では、避難が遅れ大きな被害が出る可能性もあります。つまり、現在でも想定外のタイプの地震ということになるかかねません。

内閣府中央防災会議「災害時の避難に関する専門調査会」では、2010年に「津波防災に関するワーキンググループ」を設置して、津波避難行動の分析や津波避難避難対策等について検討しています。また、2011年の東日本大震災を教訓として、地域の高層建築を津波避難ビルに指定したり、津波避難タワーの設置を進めています。

【写真】石巻市に設置された津波避難タワー
  石巻市に設置された津波避難タワー photo by gettyimages

小さな地震であっても津波情報に注意し、沿岸部ではとくに早めの避難を心がけなくてはなりませんね。

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