日本最恐の心霊スポットから生まれた「犬鳴村伝説」その誕生と現在

「この先、日本国憲法つうじません」
吉田 悠軌 プロフィール

実際に看板がたっていた?

そして犬鳴村伝説のシンボル、「この先、日本国憲法つうじません」の看板について。

心霊スポットサイト「朱い塚」管理人の塚本守氏は、福岡出身でもあり、まだ噂がローカルだった当時の状況をよく知っている。

塚本氏によれば、その頃の犬鳴峠付近の住人は、若者たちの「心霊スポット突撃」により発生するトラブルに頭を悩ませていた。廃車の不法投棄の他、肝だめし中のポイ捨て、面白半分にマネキン人形などを置くケース(次に来たものの恐怖を煽るためだろう)もあり、一帯にゴミが散乱していく。また暴走族の集会や、畑を荒らす行為も頻発していたという。

業を煮やした住人らは、「監視カメラ作動中」「警察に通報します」など、違法行為を警告する看板を設置。中にはかなり強い文言を手書きしたものもあったようだ。皮肉なことに、それが伝説の要である「この先、日本国憲法つうじません」という看板のイメージにつながったとも推察できる。

また「実際に、日本国憲法通じませんの看板がたっていたという証言も、複数名から聞いています」(塚本氏)ともいう。「肝だめしの若者がイタズラで」もしくは「地元住民がイタズラに耐えかねて」例の看板が設置されたとの話は、90年代前半から出回っていた。ただし少なくとも、塚本氏が現地を訪れた1996年には看板は撤去されていたらしいので、正確な真偽のほどは不明だ。

ネットが噂を全国区にした

これらの光景を、肝だめしにきた若者たちが目撃していた。そしてまた彼らが街に帰った後、大げさにその情報を語りまわっていく。そうした伝言ゲームにより、犬鳴村の歪んだ噂が形成されていったのだと考えられる。

1990年代後半には、地元福岡の若者の口コミで、あるいは2ちゃんねる誕生前のネット空間において、犬鳴村にまつわる噂はささやかれていた。

そしてこの噂が全国区に広まったのは、90年代末から2000年代初頭。言わずもがな、日本におけるインターネットの普及・発展と足並みを揃えて、ということだ。

中でもやはり、1999年5月の2ちゃんねる創設と、同年10月にたてられた「犬鳴峠」スレッドの影響は強かった。先述した匿名希望者の投稿依頼文がインターネットに拡散することで、犬鳴村伝説は福岡のみならず日本中へと広まっていったのだ。

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