11年ぶりVで流れた早稲田ラグビー部歌『荒ぶる』に込められた意味

歌いながら男たちは涙を流した
松原 孝臣 プロフィール

1922年(大正11年)頃、作られたという。第二次世界大戦を挟み、1950年度(昭和25年)の主将になった松分光朗が、『荒ぶる』の存在を知り、早明戦に勝って歌おうと決めた。

見事、早明戦に勝利して歌ったのを契機に、大学日本一になったときのみ歌う伝統が生まれた。大学選手権が創設されたのは1964年度(昭和39年)のこと。それ以前はシーズン無敗が条件だったという。

例外もあった。例えば低迷を脱し、対抗戦で5年ぶりの全勝優勝を果たした1981年度(昭和56年)に歌われたし、1987年度(昭和62年)に雪の中で行なわれた早明戦を制して対抗戦全勝優勝を達成したときも、明治記念館の祝勝会で合唱となった。

 

歌って祝福されるのは優勝メンバーのみ

例外は一部あっても、大学日本一になったときに歌う部歌が、『荒ぶる』である。
ただそれだけの意味にとどまらない。

それを示す1つは、『荒ぶる』は卒業後もついてまわる歌であることだ。社会に出て、やがて結婚するときを迎える。結婚式にはかつての同僚や先輩、後輩らが参加する。そのとき、『荒ぶる』を歌って祝福されるのは、優勝メンバーのみだ。優勝メンバー以外は歌ってもらうことはできない。

そして優勝メンバーとは、日本一になったときの試合の出場選手ではない。優勝したときに4年生だったメンバーを言う。試合に出た出ないにかかわらない。そこに、組織の在り方の一端がある。