よみがえる至宝 幻の古代朝鮮王国「加耶」とは!?

古代から未来へ続く日韓交流の軌跡

古代日本との交流

朝鮮半島の古代社会のひとつ、「加耶(かや)」についてご存じだろうか。

加耶とは何か 加耶とは、日本列島の古墳時代と同じころ、朝鮮半島の南部に存在した、たがいに協力し、時には競い合いながら活躍した国々のことである。国々には、金官加耶、阿羅加耶、大加耶、小加耶などがあり、これを総称して加耶と呼んだ。

加倻を構成する国々

おおむね4~6世紀に、海上交易と鉄生産を一体として運営し、東の新羅や西の百済、海をはさんだ古代日本の倭、そして遠く中国などとも交流を重ねながら、大きな成長をとげた。しかし、百済と新羅という強国のはざまで、徐々に勢力が弱まり、562年には滅亡する。

 

加耶は倭がもっとも緊密に交流した社会のひとつだ。倭は、加耶との交流を通して、当時の先進の情報や技術、道具を入手し、それをみずからの文化として定着させた。

それは、須恵器と呼ばれる硬い焼き物、鉄の道具、金工、馬の飼育、灌漑、ひいては蒸し器などの炊事道具や新しい暖・厨房施設(カマド)など多岐にわたる。手前みそだが、その交流史について、2017年に『海の向こうから見た倭国』(講談社現代新書)を刊行したことがある。

加耶の姿に光を当てる

1991年の展示 1991年、加耶の実態を明らかにするための大々的な展示が、韓国のソウルにある韓国国立中央博物館(以下、韓国中央博)で催された。当時の韓国では急速な国土開発にともなって、多くの加耶の遺跡が発掘調査・研究されていて、その成果を集大成したものだった。

日本でも、韓国中央博との共催で、東京国立博物館と福岡県立美術館で「伽耶文化展―よみがえる古代王国」が開かれている。それまで朝鮮三国(高句麗、新羅、百済)の陰で秘密のベールに包まれていた加耶の実像が、はじめて日本の社会に紹介された。

それから28年たった今、韓国中央博でふたたび「加耶本性」という大々的な展示が行われている。さらにすすんだ調査・研究の成果とともに、東アジアのさまざまな社会と交流を重ねた加耶の姿に光をあてた展示だ。今年の3月1日まで開催されているので、ぜひ訪れていただきたい。

加耶の栄枯盛衰を学ぶ

歴博における加耶の展示 私が奉職する国立歴史民俗博物館(以下、歴博)は、長年にわたって韓国中央博と学術交流を積み重ねている。2019年3月にリニューアルオープンした総合展示第1展示室「先史・古代」にも、40点あまりの日韓交流をしめす資料を借用して展示している。

その信頼関係の中で2年前から協議を重ね、日本に住む方々や日本を訪れる方々にも加耶の豊かな歴史を知ってもらおうと、歴博でも2020年7月7日から9月6日に国際企画展示「加耶―古代東アジアを生きた、ある王国の歴史」を開催する運びとなった。

そして、九州国立博物館でも開館15周年記念特別展として、加耶の実態、そして加耶と倭の交流に焦点を当てた展示が行われる。

加耶の墳墓から出土した金銀のアクセサリー、整美な土器、武威をしめす武器や馬具、成長の礎となった鉄、そして対外交渉をしめす外来の品々など、約240点の資料を展示することにより、加耶のなりたちから飛躍、そして滅亡までの歴史を明らかにしてきたい。

図版2 出土したアクセサリー