見渡す限り美しい緑が広がる、北海道東部、十勝・帯広エリア。ここには動植物を手本にして生まれたアートや自然と共生した芸術作品がたくさんあります。豊穣の大地に息づくアートを巡るドライブ旅へ、服飾ディレクターの岡本敬子さんと出かけました。

豊かな風景に導かれ、
自然を愛する心に触れる

日高山脈の麓に位置する観光庭園〈十勝千年の森〉には現代アートが点在。なだらかな丘の上には板東優によるブロンズ彫刻が。春の訪れを告げるコマドリの卵のような淡いブルーが特徴だ。/十勝千年の森 北海道上川郡清水町羽帯南10線 ☎0156-63-300 ※現在の営業状況は公式情報でご確認ください。

どこまでもなだらかに広がる丘陵地、まっすぐ続く防風林。“十勝・帯広”と聞けば、誰もがこの雄大な景色を思い浮かべるだろう。畑作や酪農がさかんな土地として有名だが、豊かな自然がもたらしたのは食べ物だけではない。この地を訪れ、この地に暮らし、自然からインスピレーションを受けた芸術家もたくさんいる。

今回は十勝・帯広エリアに点在するアートスポットを巡る旅へ、“旅の達人”としても知られる岡本敬子さんと向かった。岡本さんは年間数十回以上、国内を中心に旅に出ていて、滞在中、その土地の美術館を訪れることも少なくないとか。

「〈岡山市立オリエント美術館〉や〈丸亀市猪熊弦一郎現代美術館〉など各地にお気に入りがあります。今回は北海道らしい広大なランドスケープと調和したアートを楽しめたら」

〈十勝千年の森〉に暮らす子ヤギたち。右の子ヤギは体がまだ細いため、金網をくぐり抜けないように三角の木枠を首にかけている。

新千歳空港から車で向かったのは、上川郡清水町にある〈十勝千年の森〉だ。東京ドーム85個分という広大な敷地には北海道の気候や風土を尊重し、植物たちが生き生きと育つ手助けをしながら作った美しい庭が広がっている。ここでは大自然との触れ合いだけではなく、アート鑑賞という楽しみも用意されている。

〈十勝千年の森〉の「ローズガーデン」では寒冷地に育つ、丈夫で個性的なバラの数々を鑑賞することができる。

ミズナラを中心とした広葉樹の森を歩き、しばらくすると美しい芝生が目に飛び込んできた。一見すると平らな芝が続いているようだが、歩いてみると起伏のある丘陵が連なっていると気づく。日高山脈を背景にしたこの芝生は山の麓の緩やかに傾斜した地形を生かして作られており、起伏につられて足が向くままに歩いていくと、自然の中へと導かれるという仕掛け。

鬱蒼と生い茂る植物の中に佇む家屋、旧成川邸。建物の修復は最小限にとどめ、屋内外に「北海道と聞いてすぐに空を思い浮かべた」というオノ・ヨーコによる空にまつわる作品群を展示している(外観のみ見学可能。要予約)。

そうやって奥へ進むと、かつてここに暮らしていたという開拓農家の家屋が見えてきた。この建物を舞台にアート作品『北海道のためのスカイTV』を手がけたのはオノ・ヨーコだ。

室内に「空」を映し出したブラウン管のテレビを設置して、空にまつわる言葉の朗読ビデオを上映するというインスタレーション。昭和26年築の建物の面影を残すため、なるべく手をつけず、朽ちていく家そのものも作品の一部となっている。残念ながら老朽化が進んだ建物の中に入ることはできなくなってしまったが、屋内外の境界を曖昧にして空への想いを膨らませる空間がそこにはあった。

アイヌに伝わる神話からインスピレーションを得た『カムイのサークル』。鹿に見立てた石は一つずつ、左が尾の部分、右が頭部をイメージして配置している。

ダイナミックな芝の丘が広がるアースガーデンには、小さな石を取り囲むように大きな石が半円形に並べられた作品『カムイのサークル』が。これは北海道生まれの彫刻家、板東優によるもの。長い間、十勝と日高の鹿によって続けられた戦いをカムイ(神)が仲直りさせたというアイヌ神話をモチーフにしている。

円陣を組んだ石を鹿、中の石をカムイに見立てているのだが、よく見るとカムイの石の上部が若干白っぽくなっている。施設の人に聞くと、“仲直りの神様だから、ご利益があるかも”と淡い期待を寄せて、石を触っていく人が少なくないのだという。

鹿たちの喧嘩を仲裁したカムイの石を優しくなでる岡本さん。

「私も夫婦喧嘩しないように触っておこうかな」と笑いながら、岡本さんもカムイの石に手を伸ばしていた。

この作品は花崗岩の一種、麦飯石で作られている。〈十勝千年の森〉を含む清水町の地下一体に多く埋まっている石だ。ミネラルを多く含んでいるので、地下水や空気を浄化する効果があると言われ、天然の濾過装置として、十勝の農業を支えているのだとか。そんな話を聞きながら、自然がもたらしたアートとの出合いを時間を忘れて楽しんだ。