小西恵美子さんは、24歳のときにリウマチを発症し、長年闘病を続けてきた。薬漬けの日々を脱却したいと、鍼灸やツボナージュなどの東洋医学も学んで体質改善の決意をしたのは、発症してから20年近く経ってからのことだった。

そして今、発症より30年経って、一番体調がよく、薬のない生活を送っている。治療法については小西さん個人の体験ではあり、治療の効果は個人差があるが、身体の仕組みや栄養の意味を知り、身体本来の力を強めるのは、健康な体の人にとっても大切なことではないだろうか。

食事の摂り方や歯の磨き方なども学び、徐々に自身の身体の力を強くしていった小西さん。しかしそのときに二人暮らしをしていた父親が病に倒れた。リウマチの身体で疲労困憊だった小西さんを救ったものは――。

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急に訪れた父の衰え

父の部屋に入ると暑い。気分が悪くなりそうな温度だった。父はエアコンとオイルヒーターをつけ、どちらも28度に設定し、厚着している。今までは、冬でも私が暑すぎると感じる室温ではなかった。むしろ私が「寒くないの?」と聞くくらいだった。父は骨髄腫を患っている。悪化したのかと思い、体調を聞くと、寒いだけと言うが、父の身体のどこかで不具合が起きているのは確かだった。

私の関節リウマチは発病から30年を経て、手や足の関節の変形はひどくて細かい作業をするには不便だが、薬を飲まずに日常生活を送れるようになった。ここまでくれば、自分のペースで仕事をしていけると思った矢先、91歳の父が、背中が痛くて動けないと言い出した。一昨年、お正月を迎えた後である。圧迫骨折だった。支えがないと移動がむずかしい。ベッドに横たわる時間が増えた。イスに座る時は背中を丸くしてじっとしている。

父は身の回りのことは自分でやるし、掃除機もかけ、部屋の掃除もしていた。食べたいものの材料を自分で買いに行き、自分で料理して、私にも用意してくれた。それが室内を歩くのもすり足のようになり、着替えなど何をするにも時間がかかる。91歳だからある程度は仕方ないが、衰え方があまりにも急激だった。私は父の食事の用意を全部担うことにした。

小西さんの母親は若い時にリウマチで亡くなった。父は90歳を超えても元気で自分のことはすべてできていたのだが(写真はイメージです)Photo by iStock