いいなと思ったことを共有したい気持ち

とはいえ、「いちいち『海外では』って言われるのは正直うざい!」という気持ちもわかる。「別にわざわざ海外の話してこなくていいじゃん、何アピール?」というイライラも、理解はできるのだ。

でも、これもひとつ弁明させていただきたい。

たとえば、ドイツではレジ袋は基本的に有料であり、店も客も「よけいな袋は使うべきではない」と認識している。

Tシャツを買ったとき、店員は丁寧に畳んだものを渡し、客はぐちゃぐちゃにしてリュックに突っ込む、なんてのはあるあるだ。店員が、「そっちの袋に入れられない?」と客に聞くことすらある。

しかし日本では(最近変わってきているとはいえ)、ペットボトル1本と肉まん1個と生理用品でも買おうものなら、袋が3つになる(しかも生理用品は紙袋に入れられるおまけつき)。

日本のサービスは素晴らしい。素晴らしいのだけれど、そこまでしなくてもいいのでは、と思うこともあるのではないだろうか(写真と本文とは関係ありません) Photo by iStock

わたしからすればムダでしかないので「結構です」と言ったところ、友人から「せっかくならもらっておけば?」と言われた。そこで何の気なしに、「ドイツではこんなことしないから、もったいない気がするんだよね」と答えた。これも、「出羽守」的な行動かもしれない。

ほかにも、たとえばドイツでは皮肉を言うとき、ピースをして第二関節を曲げるジェスチャーを使う。日本でうっかりそれをやったとき、「どういう意味?」と聞かれたので、「ドイツではね……」と説明したこともあった。

海外に住んでいると、そちら側に慣れてしまい、日本ではちょっとオカシな行動を取ってしまうことがある。そんなとき、「ちがう文化に浸かっていて思わずそうしちゃっただけで、わたし自身は変な人間じゃないですよ」という意味で、「ドイツでは」と説明してしまう。それが結果的に、「出羽守」になっているのかもしれない。

海外自慢でもなんでもなく、「地元ではこうだったからついクセで」くらいのノリだったりもするのだ。