お掃除隊、作業開始

玄関の引き戸をガラガラと開けて、「来たよ〜」と声をかけた。みんなで家に上がると、伯母も最初は歓待してくれる。久しぶりねえ、元気? 嬉しいわあ。

しかし、掃除をしようというこちらの意図を知ると、伯母の表情は硬くなった。手で境界線を描くようなかっこうをしながら、「このへんはおばちゃんの自治会の書類ばかりだから、触らないで!」とトゲのある声で宣言した。ほんとうは、書類なんかありはしない。大昔に配達された書類の、カラ封筒ばかりなのだ。封筒は、伯母の周囲を埋め尽くし、和ダンスの上段にもありったけ詰め込まれていた。

それでも、「きれいにしよう」と押しの一手で頑張ると、仕方なしに応じる。伯母の周辺を除く居間、台所、茶室、2階のふた部屋は、片付けが許された。

2階のひと部屋は母・登志子の居場所になっていたが、もうひと部屋は、伯母の物置のようなものだった。もともと押し入れに入っていたはずの着物や、姪の子どもたちのために用意したおもちゃの収納ケースが、出しっぱなしだ。

着物や羽織は、有名デパートの銘が入った「たとう紙」に包まれて、乱雑に重ねられていた。伯父の稼ぎや年金が、こうやって浪費されてきたのだ。よくもまあここまで集めたものだとため息が出る。

押し入れの片隅に、一家が大切にしているお雛様の箱があった。元は七段飾りの立派なものだったが、戦火を経て内裏雛だけが残った。伯母の誕生時に用意されたものだから、大正時代のトレンド。今では見かけない、不思議と雅な顔の人形だ。

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実は、このお雛様を地域のイベントに貸し出す話があり、それが返却されたかどうかで一悶着あった。伯母は、「お雛様を返してもらっていない」と大騒ぎし、町内で「恵子さん認知症疑惑」が噂されるようになったのである。もしや、お雛様が本人に代わってSOSを発信してくれたのではないか。