「付き添い登校」の決断

だが、陛下と雅子さまが学校に行くように説得しても、愛子さまは登校することができなかった。そして、そんな愛子さまのために、雅子さまは学校に付き添われることを決断したのだった。

2010年3月5日、愛子さまは雅子さまに付き添われて登校し、母親に見守られながら、1時間だけ授業を受けることができた。
それが、1年7カ月にわたる「お付き添い登校」の始まりだった。

「いじめっ子に怯えて不登校になってしまった」という話から、当時、国民の多くが「愛子さまは大人しく気弱な女の子」というイメージを抱いていたと思う。
だが、実は、活発でお友達も多く、リーダーシップも取れるお子さまだったようだ。
勉強も好きで、本来は学校に行きたいのに、何かしらのトラウマから行くことができない。

もしかしたら、雅子さまは、そんな愛子さまとご自身とを重ねられていたのかも……と思うのは考えすぎだろうか。

皇太子妃として「公務がしたい」「しなければ」と思っているのに、心の病のため、気持ちとは裏腹にどうしてもそれができない。
「甘え」や「ワガママ」ではなく、どんなに頑張ろうとしてもできない場合があるということを、雅子さまは身に染みて知っていた

だからこそ、愛子さまのお気持ちを理解し、何があっても支えようと決意されたのではないだろうか。

「適応障害」という病気が理解されず、周りがすべて敵のような状況の時でも、ただひとり、陛下だけは雅子さまを支え、側にいてくれた。

それだけが「救い」だったからこそ、雅子さまも、今度は自分が愛子さまの「盾」になろうと心に決めた。
それは、何よりも強い、「母としての覚悟」だったのだと思う。

2011年2月13日、皇太子殿下誕生日を記念した家族写真。まさに学校の問題を抱えていた時期だ。ご夫妻のいつもと同じように慈愛に満ちたまなざしが温かい Photo by Getty Images