1月16日、令和となって初めての歌会始が執り行われた。お題は「望」。天皇陛下は
「学舎(まなびや)にひびかう子らの弾む声さやけくあれとひたすら望む」
皇后雅子さまは
「災ひより立ち上がらむとする人に若きらの力希望もたらす」
と、ともに子どもや若者への温かいまなざしを感じるような歌を詠まれていた。

漫画家で小説家の折原みとさんは、現在「週刊女性」にて「皇后雅子さま~笑顔輝くまで」という漫画連載(毎月第1火曜日発売号にて掲載)を持っている。その連載開始前に資料をよみあさり、過去の動画もみまくって、仕事、結婚、出産……女性が直面するすべてのことにおいての、「雅子妃の苦悩」には愕然としたという。

FRaUWebでは、折原さんが漫画ではなく文章で雅子さまの状況を伝えている。連載第6回では、「心の病」となっても周囲に理解を得られなかった中、海外から「救いの手」が差し伸べられたことをお伝えした。連載第7回では、大きな議論を呼んだ愛子さまの「お付き添い登校」の背景をお伝えする。歌会始でも感じられた「子どもへのまなざし」はどのようなものなのだろうか。

本記事は多くの文献を読んだ上でまとめておりますが、事実関係のベースは『皇后雅子さま物語』(友納尚子著/文春文庫)を参考にしています。

オランダでのご静養

後に「適応障害」と発表された心の病のため、2003年12月から、療養生活に入られた雅子さま。その病気への無理解や誤解から、激しいバッシングに苦しめられたのは、前回の記事に書いた通りだ。

2006年(平成18年)8月、オランダのべアトリクス女王からのお誘いで、ご家族そろってオランダで静養された雅子さまは、久しぶりにリラックスした明るい笑顔を見せられていた。
このオランダ行きは「静養」のためだけのものではなく、強い不安を感じるものに段階的に慣れていくという「行動療法」の一環でもあったという。

2006年8月、4年ぶりの海外訪問でオランダに行かれた皇太子ご一家。オランダのベアトリクス女王が静養のためにご招待して実現したものだった Photo by Getty Images

4年ぶりの海外訪問で長時間のフライトに耐えられたこと、オランダ王室の方々と親しく交流できたことは、雅子さまの自信につながったのではないだろうか。

事実、その年の10月には、雅子さまは奈良と京都への公務に出かけることができた。これは、1年3ヵ月ぶりの地方公務。泊りがけ公務としては3年ぶりだったという。

2006年10月8日、学習院幼稚園に入園された愛子さまの運動会で、笑顔で応援している皇太子ご夫妻の姿がみられた 撮影/JMPA/小学館・主婦と生活社

これを機に、雅子さまのご病気は回復に向かうのではないかと期待が寄せられた。が、その一方で、この頃、皇室の運命を変えるような大きな出来事も起こっていたのだ。