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日本人が東京五輪に、いまいち「盛り上がれない」納得のワケ

「国民的物語」はもう、ない

「選手」と「女工」

2020年には東京オリンピックがある。しかし、国民的熱狂は生じていない。1960年生の評者は、'64年の東京オリンピックのときは4歳だったが、母と一緒にテレビを見ていたおぼろげな記憶がある。その後も、柔道でとても強いヘーシンクというオランダ人選手がいたという話を母から何度も聞かされた。

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また、「東洋の魔女」と呼ばれた女子バレーボール・チームが金メダルを取ったという話は、その後、何年も両親を含むさまざまな大人たちから聞かされた。

「大松博文という鬼監督がいて、厳しかったが、それは愛に基づく厳しさだ。だから、厳しい学校の先生を悪人と思ってはいけない」という話も小学校教師から聞かされた記憶がある。

 

女子バレーボールはその後、サブカルチャーに定着し、テレビアニメ「アタックNo.1」、テレビドラマ「サインはV」が国民の物語になった。

社会学者の新雅史氏が、「東洋の魔女」の母体となった日紡貝塚女子バレーボール・チームに関して興味深い考察をしている。

〈「東洋の魔女」たちは、繊維工場という空間において、「選手」と「女工」という二つの役割をいかに生きたのかを見ていく。

大松博文は、「東洋の魔女」たちを、「女工」と同じ勤務時間で働かせ、「女工」と同じ寄宿舎に入れることで、繊維工場のなかの共同性を維持しようと努めた。この繊維工場における共同性の維持が、大松のハード・トレーニングの原因となっていた。