2月 6日 化学者のJ・プリーストリーが没する(1804年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

酸素の発見者として知られるイギリスの神学者・化学者ジョセフ・プリーストリー(Joseph Priestley、1733-1804年)が、1804年のこの日、移住先のアメリカで没しました。

 

神学者や教育者など多くの顔を持っていた彼は、1774年に酸素(彼自身は「脱フロギストン空気」と呼んでいた)の発見に成功し、名を残しました。

 〈関連の日〉8月 1日 J・プリーストリーが酸素の単離に成功(1774年)

しかしプリーストリーはこの発見について、「フロギストン(燃素)の存在しない空気を作り出したのだ」と思い込んでいました。

フロギストンとは物質が燃焼する際に放出されると長年考えられてきた架空の物質で、皮肉にも、プリーストリー自身の発見によって存在しないことがわかったのです。

酸素の発見をもとにフランスのラヴォアジエ(Antoine Lavoisier、1743-1794年)が、「燃焼は物質と酸素が結びつくことで起こる」という新たな理論を発表しても、プリーストリー自身はなおも伝統的なフロギストン説を擁護し続けました。

ジョゼフ・プリーストリージョゼフ・プリーストリー Photo by Getty Images

晩年はフランス革命を支持したためにイギリス王党派の市民によって襲われ、アメリカに移住して生涯を終えました。

プリーストリーが固執したフロギストン説は現在誤りとみなされていますが、酸素の発見そのものは科学史に残る偉大な業績としてたたえられています。