2020.01.18
# ナチス

ヒトラーを「左翼」「社会主義者」と見なしてはいけない理由

安易なレッテル貼りの危うさ
田野 大輔 プロフィール

反共イデオロギーとしての「全体主義論」

ところで、ナチズムの「社会主義的」な性格を強調し、これを共産主義と同一視して批判する視点は、同時代から一部の自由主義者・保守主義者の間で共有され、第二次世界大戦後の冷戦期には、いわゆる「全体主義論」として結実することになった。それによると、ナチズムはスターリニズムと同様、国家統制・計画経済を推進する全体主義であり、イデオロギー上は対立するが、本質的には同一だということになる。

国家・社会の全面的な再編をはかるナチスの急進的な政治姿勢は、一般的な保守や右翼と異なる特徴をもっており、自由や民主主義を否定する点では、むしろ左翼の共産主義体制に近いことが強調されたのである。

だが全体主義論は、冷戦期の西側陣営において反共産主義のイデオロギーとして注目されたものの、その後の実証研究の進展とともに、分析枠組みとしての限界が指摘されるようになった。ヒトラーの絶対的意志のもと、テロルとプロパガンダを通じて国民全体を統制する体制という全体主義論のナチズム理解は多くの面から批判され、体制内諸機関の競合・対立や一般民衆の順応・抵抗といった複雑な支配の実態に注目するアプローチが優勢となった。

そうした研究状況を考えると、ナチスの唱える「社会主義」についても、その政治的影響力を額面通りに受け取ることはできない。それがドイツを実際に社会主義化するほどの力をもたなかったことは、上述の通りである。

 

ナチスを「左派ポピュリズム」と呼んでいいのか

昨今の欧米におけるポピュリズムの台頭を受けて、最近ではナチズムをそうした運動の一つととらえる見方も出てきている。「AfD(ドイツのための選択肢)」といった極右排外主義運動との類似性を指摘する論者がほとんどだが、なかにはナチスが親労働者的な政策をとった点に着目して、これを「左派ポピュリズム」と規定する者もいる。

たとえば日本のある国際政治学者は、ナチスが「ドイツ労働者党」であり、「財形貯蓄」などの労働政策を実施したことなどを根拠に挙げて、ヒトラーは「左翼ポピュリスト」であると主張している。

だがこのようにナチズムの「左翼ポピュリズム」的性格を重視することは、意図的かどうかはともかくとして、ナチズムの本質を見誤らせると同時に、右翼ポピュリズムを免罪することにもつながる。

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