2020.01.18
# ナチス

ヒトラーを「左翼」「社会主義者」と見なしてはいけない理由

安易なレッテル貼りの危うさ
田野 大輔 プロフィール

ナチスはマルクス主義の階級闘争や国際主義といった概念に反対し、歴史の動因を民族・人種間の闘争に見て、国民・国家統合(ナショナリズム)を通じたドイツの再生と膨張・侵略をはかったが、そうした基本的な政治姿勢は、資本主義体制の打倒・変革をめざす本来の意味での社会主義や共産主義と異なるどころか、それと明白な敵対関係に立つものだった。

 

実際にも、ナチスはヴァイマール時代を通じて左翼政党と激しい抗争をくり広げ、政権掌握後には社会主義者と共産主義者を一斉逮捕して強制収容所に送るなど、徹底的にこれを弾圧した。

ヒトラー自身、『わが闘争』のなかでくり返し「ドイツの共産主義化」の危機を訴え、その黒幕としてユダヤ人の国際的陰謀を攻撃しているが、そうした主張をなぞるかのように、第二次世界大戦中の独ソ戦では、「東方生存圏」の獲得という侵略目標に加えて、「ユダヤ=ボルシェヴィズム」(ユダヤ人と共産主義を同一視するイデオロギー)の殲滅という人種・政治的目標が掲げられた。

ヴァイマール時代のナチ党大会(1926年7月)「マルクス主義に死を」の横断幕が見える〔PHOTO〕Gettyimages

労働者を懐柔したけれど…

たしかに、ナチズムは一部で社会主義の影響を受けていた。ヒトラーは左翼政党のプロパガンダの手法を模倣し、たびたび反資本主義的なレトリックを用いて労働者階級のルサンチマンに訴える演説を行なったし、政権初期まで一定の力を有したナチ党左派の間には、本気で社会主義革命をめざす動きも存在した(彼らの多くは1934年6月末の粛清事件の後、失脚するか閑職に追いやられた)。

また、ナチスは政権掌握後、公共事業による雇用の創出、労働者向け福利厚生の拡充、家族支援や有給休暇の提供、消費・レジャー機会の拡大などといった政策を次々に打ち出し、それを「実行の社会主義」の成果として誇示した。

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