2020.01.16
# 中国 # 台湾

「若者の中国離れ」が明らかに…台湾の総統選挙を現代史から読み解く

エリートと庶民、北と南…様々な対立
新井 一二三 プロフィール

馬英九政権とひまわり学生運動

2000年代は中国経済が飛躍した時期にあたっていたが、独立志向の民進党治下にあった台湾は、その利益を享受し損ねて経済が低迷したと感じる人は少なくなかった。

2008年にすっかり人気のなくなった陳水扁から国民党のサラブレッドことハーバード大学法律学博士の馬英九へと政権が移ったのは、当時にしてみれば、ごく自然な流れだった。しかし、総統職についた馬英九が、中国と台湾の間に史上初めての直行便を就航させて、中国人観光客を多数台湾に招き入れるなどの政策を取り始めると、台湾社会には、このまま中国に取り込まれてしまうのではないかという危機感が広がったのである。

馬英九氏〔PHOTO〕Gettyimages

2014年3月、中国企業に対し、台湾のサービス業界への参入を認める法案を馬英九政権がゴリ押ししようとしたことから、ひまわり学生運動と呼ばれる大規模な反対運動が起きた。学生たちは3週間以上にわたって立法院議事場を占拠し、結果的に法案を取り下げさせた。

 

同じ年の秋に香港で雨傘学生運動と呼ばれる座り込み運動が起きたことは偶然の一致ではない。1997年にイギリスから中国に返還されたのち、一国二制度が半世紀間維持されるはずだったにもかかわらず、次第次第に影響力を強める中国共産党政権に対する若い香港人たちの反発は、馬英九政権下、急激に中国への傾斜を強めていった台湾で若い世代が感じた危機感と、この年、共振し始めたのである。

馬英九は1949年の中華人民共和国成立を受け、中国から台湾へ向かった両親の下、1950年に香港で生まれた。「英九」という名前の由来は「英領香港の九龍で生まれた」ためという説もある。ちなみに、台湾へと避難した外省人たちが、子どもの名前にその歴史を刻印した例には、他に有名作家の龍応台や、2020年の総統選に国民党代表として出馬を図ったホンハイ実業の創業者郭台銘がいる。

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