2020.01.16
# 台湾 # 中国

「若者の中国離れ」が明らかに…台湾の総統選挙を現代史から読み解く

エリートと庶民、北と南…様々な対立
新井 一二三 プロフィール

旧ソ連の支持を受けて、マルクス主義のイデオロギーで政権を獲得した共産党とも、亜熱帯/熱帯の島台湾に根を張る民進党とも異なり、中国伝統文明の継承者であることが、かつては国民党政権の正統性の証であった。もともと北京・紫禁城にあった宝物の数々を幅200kmの海峡を隔てて運搬し、台北郊外に建設した故宮博物院に陳列している事実からだけでも、それは十分に明らかであろう。

そして、蒋介石・経国親子が、人類史上最長の38年におよぶ戒厳令を敷き、台湾住民の人権をないがしろにする独裁政権を運営しながらも、国際的にある程度の地位を保持することができたのも、中国文明の継承者という役割を演じていたからこそである。特に日中戦争中、アメリカ議会に乗り込んで英語による演説を行い、中華民国への支持を呼びかけたマダム・チャン・カイシェックこと蒋介石夫人宋美齢が象徴していたのは、高度かつ洗練された中華文明そのものだった。

 

陳水扁の人気と没落

民主化が進行した20世紀の終わりまで、台湾社会において、国民党系外省人と台湾本省人の違いを最もわかりやすく示していたのは、中華民国の国語である中国語の発音だった。南部台南出身の陳水扁が2000年に総統の座についたとき、「台湾の子」と呼ばれてもてはやされた要因のひとつは、国立台湾大学出身の弁護士として社会的エリート層に属する陳が、台湾語と台湾南部なまり丸出しの中国語を話したことであった

水扁という名前すらも、正統的中華文明の側から見れば、教育程度の高くない役場の職員が間違って記した結果に他ならなかったが、庶民性という意味では、多数派である台湾本省人たちに、この上なく親近感を覚えさせたのである。

陳水扁氏〔PHOTO〕Gettyimages

残念ながら、陳水扁は当選時のスターのごとき人気と、その後8年間の政権担当期間における幻滅の差が非常に大きかった。在任中から妻や娘婿の金銭疑惑が報じられ、退任を求める100万人集会も、政敵の国民党によってではなく、同じ民進党の元主席によって呼びかけられた。そして2008年の選挙で敗れ、総統の職を辞すると同時に、機密費流用とマネーロンダリングの疑いで逮捕されるに至ったのである。

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