「書く」ことには「希望」がある

『最高の任務』が生まれた背景
乗代 雄介 プロフィール

任務の半ばにある風景

表題作にもなっている「最高の任務」のそもそものきっかけは、2018年の5月末にミヤギフトシさん主宰のグループ展「Closed Windows」に誘われたことだ。「見えること/見えないこと、歴史のおもて面に出てこなかった密室内での関係、そこから出ることのなかったメッセージ」といったテーマだとメールにはあった。

ちょうどその時、モームやランサムといったスパイ活動をしていた作家の本をよく読んでいたのもあって興味を惹かれ、作中の閑居山へ行く日の日記を書き、展示配布という形にしてもらった。それがもとになって「最高の任務」を書いた。

「生き方の問題」でたびたび取材した足利へ行くのと同じ電車だが、特急りょうもうに幾度も乗って赤城方面へ行くのはどうしようもなく楽しかった。多くの場所でノートを広げて書いた。

町から緑へ長いグラデーションを二時間かけて見せる東武線の窓からの景色、水生植物たちのさざめく茂林寺沼で撫でた大人しいカナヘビ、そんなところで珍しく人身事故が起こって立ち往生した二時間をあちこち描写して過ごした相老駅、みどり市岩宿博物館に展示されていた相澤忠洋が赤城と東京を1日で往復する時に使っていた自転車。

それらが喚起する感動は、書きつけるごとに、見返すたびに、紙1枚分ずつ遠ざかっていくような気もするけれど、もし書くことがそんなさびしい気持ちになるだけの行為なら、今もこうして続いているはずがない。やはりここには希望がある。書き終えたものにまとわりついてくるごまかしみたいな希望とは似ても似つかぬ、書いている時だけの本当の希望が。「最高の任務」は、それをできるだけ純粋に見たいという気で書いていた。作中に出てくる実在の人物は、その勇気を与えてくれた人たちである。

書き上げてみると、ミヤギフトシさんにいただいたテーマの中を見通そうと周縁をぐるぐる巡っていたらしい。もちろん、テーマというのは今この時の任務に過ぎず、それをとっかえひっかえしていくことでこの世を渡っていくのが一人の人間にできるせいぜいなのだろうけれど、その半ばにある風景を人はいつまでも忘れない。それを実感する機会をいただいたことに感謝している。

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