任侠山口組が突如として「絆會」に改称、その知られざるウラ事情

六代目山口組、高山体制のこれから
溝口 敦 プロフィール

山口組改革は不可能

「御通知」は次のように続いて、短い文章を終えている。

〈しかしながら、この数ヵ月間の情勢を鑑み、現状では(山口組の再統合と大改革が)極めて困難であると判断致し、親分はじめ組員一同協議の結果、代紋及び組織名を[絆會]と改め、新たなる出発をする事と致しました。

 令和二年一月十二日  絆會総本部〉

 

この一節はどう取るべきなのか。絆會の幹部と親しい事業家が代弁する。

「六代目山口組の高山清司若頭が去年10月刑務所から出所し、すぐ組の指揮を執り始めた。と、いきなり激化したのが神戸山口組への攻撃です。神戸の古川恵一幹部を自動小銃でハチの巣にし、山健組事務所の横で警官の見ている前、山健組組員2人を射殺した。六代目山口組や弘道会の人事を見ても、極心連合会・橋本弘文会長を引退させるなど、すべて六代目山口組、すなわち弘道会に敵対する者は攻め殺せ、と敵意丸出しです。

旧・任侠の幹部たちは、高山若頭のこういう動きをじっと見ていて、山口組改革の可能性が少しでもあるかと考えた。何もない、ゼロです。高山若頭の運営は収監される前より出た後、もっとひどくなっている。旧態依然、喧嘩に勝てばカネが湧くとばかり、組員を抗争に駆り立てている。山口組が強ければ、業界はまとまると信じている。が、仲よくやっているのは他団体の幹部クラスとだけ。金持ちクラブのおつき合いだから、上厚下薄の世界はまるで改まらない。

これで旧・任侠は高山若頭を見限り、神戸山口組を捨て、六代目山口組に愛想づかしをした。それがこの絆會への改称です」