画面中央、果敢に突っ込んでいく赤いユニフォームが釜石高校の小野賢登選手

震災から9年、ラグビーの町・釜石が育んだ18歳の少年の新たな挑戦

あの日に見た男たちのようになりたい!

2011年3月11日、津波で家族を喪った9歳の少年は、ラグビーを愛する町・釜石に育まれ、身長190cmの堂々たる体躯を誇る18歳のラグビー選手となった。

新春の花園ラグビー場で、高校生活最後の試合を終えた少年は、震災直後、救助活動に尽力した男たちの背中を追い、この春から、新たな夢を追う。

 

「もうひとつの花園」にフル出場した釜石の少年

2020年1月7日、東大阪市の花園ラグビー場。

雨の降り続くピッチで、赤いジャージーに赤と白の派手なヘッドキャップをかぶった、背の高い少年が走っていた。

第99回全国高校ラグビーフットボール大会決勝、桐蔭学園対御所実の前座として行われた、第12回U18合同チーム東西対抗戦。

赤いジャージーを着た東軍の背番号4、左ロックで先発したのが岩手県立釜石高校3年の小野賢登(おの・けんと)だった。

この大会は「もうひとつの花園」と呼ばれる。簡単に言えば、15人制単独チームで参加できなかった全国の小規模な高校ラグビー部に所属する選手から選抜されたメンバーによる東西対抗試合だ。そして、この試合で60分フル出場を果たしたことは、この試合で、頼れる男とチームに認められていたことを意味していた。

実際、小野は印象的なパフォーマンスをみせた。

小野は身長190㎝の長身だ。雄大な体躯を武器に、ラインアウトなどの空中戦で活躍しただけでない。密集から出たボールを最初に受けるファーストレシーバーの位置に立ち、ボールを受ければ相手タックラーの居並ぶ中を果敢に突き進んだ。

密集の向こうで、敵の攻撃に備える小野選手

全国から前日に集まって1度練習しただけの急造チームにあって、小野は東軍フォワードの突破役として、勇敢で、積極的で、責任感に溢れたプレーを見せた。

だが、本人にとっては満足できるパフォーマンスではなかったようだ。

「高校の3年間、チームで花園に出ることを目指していました。チームでは届かなかったけど、今日は夢が叶って嬉しかった。釜石の代表と思ってプレーしました。

ただ、欲をかいてトライを取りに行ってターンオーバーされたのがくやしい。自分の力を発揮できた部分もあったけど、まだ骨格にみあった筋肉がついていません」

まず反省を口にする謙虚さ、現状に満足しない向上心は、いかにも東北の子だ……と決めつけたら乱暴か。

東西対抗戦、試合後の集合写真。最後列左端に写るのが小野選手

だが、小野の言葉を聞くと、やはり東北、それも釜石で育った子なのだと感じてしまうのだ。