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高度成長期に大ブーム…反戦平和教育と共存した「戦争漫画」の遺産

『紫電改のタカ』から『この世界の片隅に』
神立 尚紀 プロフィール

新鋭機・紫電改のテストのため横須賀に飛んだ滝は、そこでも空襲に来た敵艦上機群を邀撃、逆タカ戦法で戦果を挙げる。逆タカ戦法は、急降下で突然、敵の視界から姿を消し、下から撃ち上げ、上空に抜けてさらに急降下で上方攻撃をかけるという戦法で、滝機を見失った敵機は「オオ ナ、ナンダ」とか「イマハヤリノ忍術ヲツカッタノカ?」などと言いながらうろたえるばかりで、回避動作もせずに巡航を続ける。多いときはこれの反復攻撃で13機を撃墜したほどの恐るべき戦法だ。

この日の空戦で、敵海軍機の中に1機だけ、「滝と対決するために」陸軍機の黒いウォーホークでまぎれてきたジョージと宿命の一騎討ち。しかしジョージは、割り込んできた1機のオンボロ零戦に撃墜されてしまう。この零戦を操縦していたのは、菅野大尉。実在の戦闘三〇一飛行隊長・菅野直大尉とは似ても似つかぬ髭のおっさんに描かれているが、作品のキャラクターとしてはいい味を出している。

 

海に墜ちて助かったジョージは、やはりこの日、撃墜されて捕虜になった兄・トマスを救出すべく、同じ地点に墜ちた黒岩上飛曹との格闘を制して、横須賀基地内にあると設定された収容所に乗り込み、兄を助けて欲しいと滝に懇願するも、黒岩の裏切りで射殺されてしまう。

この黒岩というのは「予科練の優等生」だったという設定だが、じつにわかりやすい「いやなヤツ」である。どさくさに米兵捕虜たちは脱走するが、その責任も黒岩が滝になすりつけ、滝は憲兵隊(集英社版の単行本では警務隊)に連行されるのだった。

滝は憲兵(警務)に暴行を受けるが、黒岩とジョージの格闘を目撃していた久保一飛曹の証言で釈放される。

悪が滅びるのは少年漫画の習い、黒岩はやがて、今度は三四三航空隊(またの名を剣部隊)編成の源田司令の訓示の最中に、松山上空にふたたびやって来た黒いウォーホークを見て、恐怖のあまり発狂する。この飛行機に乗っていたのは、弟の復讐にやってきたトマスだった。黒岩はトマス機との空戦で命中弾を浴びせるが、体当たりされて戦死する。

ここで注目すべきは、作者が「友軍=善玉、敵軍=悪玉」というとらえ方から完全に自由であることだ。この場合、悪いのは黒岩で、ジョージやトマスではない。敵も味方も、いいヤツはいいヤツとして、悪いヤツは悪いヤツとして、等しく人間的に描かれているのだ。しかも、悪いヤツに関しても、最後にはフォローすることを忘れていない。このあたり、のちのちばてつやの代表作、「あしたのジョー」にも共通するものがあろう。

ラストに凝縮された作者のメッセージ

物語は、息もつかせぬ展開を見せる。トマスと黒岩が死んだ晩、突然、松山基地上空は多数の気球に覆われる。気球の先には、空気中の振動を敏感にキャッチして爆発する「YBひみつ爆弾」が吊り下げられていた。敵は、松山基地の戦闘機を封じている間に、呉軍港に空襲をかけてきたのだ。このとき、滝はとっさの機転で気球を撃退、敵機を気球の下に追い込んで全滅させ、その功により二階級進級、准士官である兵曹長に任じられた。

そして、菅野大尉に力量を見込まれて、スマトラ帰りの「七人のさむらい」と呼ばれる搭乗員たちの隊長に抜擢され、下士官搭乗員と同じ兵舎で起居をともにすることになる。生きながらにして二階級進級の栄を受けた搭乗員は現実にはいないから、これはあくまで漫画のなかの話。

「七人のさむらい」は、若い滝を侮って、ことあるごとに反抗する。そのリーダーは花田上飛曹。滝は、「一飛曹のころのほうが楽しかった」と涙で枕を濡らす。やがて滝以下11名の搭乗員に、台湾近くの島にある秘密基地への進出が下令される。ここでは紫電改ならぬ高速モーターボートで敵艦隊を壊滅させ、任務を終えて帰ってきた滝は、太陽に向かって飛ぶことで敵機を幻惑する「新戦法」を編み出し、一日の空戦で24機を撃墜、さらにその戦法に磨きをかけるべく、訓練に明け暮れるのだった。

不死身に思えた滝の肉体も、そろそろ限界に近づいてくる。ちょうどその頃、不気味な縞模様の入ったP-51戦闘機を駆るタイガー・モスキトンと呼ばれる米軍パイロットが、遭遇した日本機を片っ端から撃墜していた。

撃墜王・坂井三郎中尉がモスキトン撃墜を滝に託そうと、特別製の黒い紫電改を届けにくるが、そこで滝は、坂井中尉に体の不調を見抜かれ、日本アルプスの山中で静養を命じられる。だがこれは、静養に名を借りた、モスキトン撃墜のための秘密訓練であった。