# 映画 # 雑誌 # 漫画

高度成長期に大ブーム…反戦平和教育と共存した「戦争漫画」の遺産

『紫電改のタカ』から『この世界の片隅に』
神立 尚紀 プロフィール

少年漫画誌の隆盛で、一躍ブームに

漫画の世界でも、昭和30(1955)年、光文社の月刊誌『少年』で連載が始まり、のちにテレビアニメ化されたロボット漫画の嚆矢「鉄人28号」(横山光輝作)は、そもそもの設定が、太平洋戦争末期、日本陸軍が起死回生を期して開発していた秘密兵器である巨大ロボットが戦後に現れて活躍する話で、やはり戦争の影響は無視できない。

 

昭和34(1959)年、『週刊少年マガジン』(講談社)、『週刊少年サンデー』(小学館)が発刊され、少年漫画誌がブームになった頃からは、それまで主に大人の読み物だった戦記ものが、漫画となって子供の世界にまで降りてきた。

「戦争漫画」という括りにしてしまうと煩雑になるので、飛行機がメインの「空戦漫画」にかぎって、どんな漫画があったかというと、代表的なものはまず「ゼロ戦レッド」(貝塚ひろし・『冒険王』秋田書店、1961年7月号~1966年1月号連載)、「0戦太郎」(辻なおき・『少年画報』少年画報社、1961年9月号~)であろう。貝塚ひろし、辻なおきは空戦漫画の二大作家と呼ばれ、その後も貝塚は「ゼロ戦行進曲」「烈風」「ああ、零戦トンボ」、辻は「0戦はやと」「0戦仮面」「0戦あらし」と、空戦漫画を描き続ける。

貝塚ひろしの代表作2点。「ゼロ戦行進曲」と「烈風」
辻なおきの「0戦はやと」

作風は、貝塚が、得意とするスポーツ・魔球ものの野球漫画のテイストを色濃く感じさせるものだったのに対し、のちに梶原一騎とともに「タイガーマスク」を世に出す辻は、少年撃墜王を主人公に、そのライバル(たいていいやなヤツ)、そして敵役をわかりやすく描き分け、どちらかといえば講談や時代劇に近いものだった。

「0戦はやと」連載当時の『週刊少年キング』1964年5月3日号の表紙。「トップ読み物『零戦出動す』」、「無敵の未来戦車」などの記事タイトルも

「0戦はやと」は、昭和39(1964)年、脚本の一部と主題歌の作詞を「北の国から」などの作品で知られる倉本聰が担当し、テレビアニメ版がフジテレビから38話にわたって放映されている。

前線からかき集められた撃墜王ばかり36機の世界最強の戦闘機隊が、荒唐無稽ともいえる活躍を見せるプリミティブな空戦活劇だが、締め括りのナレーションに「これだけは絶対忘れまい、敵も味方も人間であることを」という言葉が入るなど、ヒューマニズムにも一定の配慮が感じられる内容になっていた。

昭和39年、フジテレビ系列で放映された「0戦はやと」のテレビアニメ(YouTubeより)