高度成長期の出版界を牽引した野間省一を支えた思想とは何だったのか

大衆は神である(82)
魚住 昭 プロフィール

夢はさらにかけめぐる

昭和51年(1976)1月号の「マスコミ文化」のインタビューに省一は次のように答えている。少し長くなるが、省一の思想の集大成ともいうべき言葉なのでそっくり引用する。

〈世界の国々、各民族は、それぞれ固有の文化を有している。私は、各国、各民族が互いに他国の文化に接し、それによって自国の文化の向上をはかれば、人類の生活は更に豊かになるはずであると常に考えています。また、世界の国々がそれぞれの文化と社会を互いに理解し合えば、平和的に共存し、戦争を防ぐことができるという信念を持っています。他国、他民族に対する理解不足や誤解が数々の悲劇を生んできたことは歴史が私たちに示している。従って、あらゆる国が文化交流を行うべきであると思います。それは一方交通ではなく、相互交流でなくてはならないし、相互の理解なくして真の理解はあり得ないともいえます。

そこで、真の理解を得るための、もっとも有効で、しかも現実的なものは何か。それは図書であると私は確信しているんです。一つの出版物は、その時代、その民族の文化の水準を示すバロメータであるが、これは国境を越え、古今を通じての人類の共有財産ともなるものです。地味であるかも知れませんが、出版文化の交流は各国の人々の相互理解、人間的共感を培い育てていく萌芽となることを確信しています〉

 

ユネスコ・アジア文化センターが軌道に乗り、アジアの出版開発事業が順調に動き出すと、省一の関心は最も苦しんでいるアフリカ出版界への援助に向かった。

旧制静岡高校時代の学友で、左翼運動のため退学になった星野芳樹(ほしの・よしき。東條内閣の書記官長・星野直樹の弟)がケニアに定住し、スワヒリ語の学校を開いて、日本とアフリカの交流につとめていたのも刺激になったらしい。晩年の省一は「21世紀はアフリカの時代だ」とよく口にした。

そんな省一のアフリカに対する思いを実現させたのが野間アフリカ出版賞である。

この賞は昭和54年(1979)に創業70周年を迎えた講談社の記念事業として基金となる10万ドルを提供して、全アフリカの文学、児童文学、学術の3分野を対象とし、その書籍の優秀作品一冊を表彰するものである。

また、アラブ地区とアフリカ地区に留学する日本人研究者各1名に往復の旅費と毎月16万円(のち20万円)を支給する野間アジア・アフリカ奨学金留学生制度も創設された。

「青木君、いっしょにアフリカに行こうな」

晩年の省一は社業と業界の仕事で日々、殺人的スケジュールをこなしている。

彼が発病するまでの1週間だけを見ても、『現代世界百科大事典』のキャンペーンのため各地の有力書店を回り、夜は宴会、昼間は業界団体の打ち合わせなどの繰り返しである。

のちに省一のスケジュール表を見た医師団は「こんなハードな日程をこなしていれば、どんなに健康な人でも病気になる」と呆れたという。

昭和46年(1971)9月11日、新宿区袋町の日本出版会館でアジア16ヵ国からの参加者18名と国内の関係者による「アジア地域出版技術研修コース」の開講式があった。終了後、出版会館1階の富士の間で歓迎レセプションが行われた。

午後5時ごろ、主催者のユネスコ東京出版センター(現ユネスコ・アジア文化センター[ACCU])の理事長である省一はアジア各地から来た研修生らと歓談していた。その最中に、省一の右手からコップがスーッと落ち、ほとんど同時に省一の大きな体がグラリと傾いた。

右隣りにいた青木春雄はあわてて左肩を出して抱きとめようとしたが、その重さに思わずよろめいた。青木は、左隣りにいあわせた村井智子(ユネスコ東京出版センター図書課長)と2人がかりで支えながら、2〜3歩うしろに下がって省一を椅子にかけさせた。

脳血栓である。救急車が呼ばれた。青木は救急車から運び込まれた担架を必死になって押し返した。そして、取り寄せたふとんを足許に敷き、そこへ省一の体を移した。

その時、省一の唇がわずかに動いているので、耳を寄せると、

「青木君、いっしょにアフリカに行こうな」

と言っているのがかすかに聞きとれた。青木は省一が自分の気持ちをわかってくれていると知り、その日はじめて涙がこぼれた。やがて省一の意識は薄れていき、昏睡状態になった。                                

註① 講談社社友会記念出版委員会編『緑なす音羽の杜に Ⅱ 野間省一社長と私たち』(講談社社友会幹事会、1996年)より。
註② 市原徳郎「日本出版界国際化の歩みと野間省一社長」(講談社社友会記念文集刊行委員会編『緑なす音羽の杜に Ⅴ 講談社創業100周年に寄せて』[講談社社友会、2009年]所収)参照。
註③ 下中彌三郎伝刊行委員会編『下中彌三郎事典』(平凡社、1965年)より。
【参考文献】
野間省一伝編纂室『野間省一伝』(講談社、1996年)
野間省一追悼集刊行委員会編纂『追悼 野間省一』(講談社、1985年)
下中彌三郎伝刊行委員会編『下中彌三郎事典』(平凡社、1965年)
中島岳志『下中彌三郎――アジア主義から世界連邦運動へ』(平凡社、2015年)