「大御所」とは何か

そんな私の姿が「大御所」という言葉で語られることには違和感しかありませんでした。
大御所」を辞書で引いてみると「すでに引退して表面に出ないが、その世界で大きな勢力を持っている人。また、その道の大家で勢力を持つ人」とありました。それを読むとなおさら、これは自分のことではないなあと感じます。

このとき続けて言われた、「いままでさんざんいい思いしてきたのだから、もう好きなことだけやればいいのでは?」と言われたこともさらにショックでした。
ものすごくがっかりして、どこか変えなきゃいけないのかな、どうすればいいんだろう……としばし考え込みました。だって、「好きなこと」は、仕事の依頼をいただき、そのクライアントの方の期待に応えるために自分の今までの知識をフル回転し、今まで以上のものをつくることだったからです。

福井のアトリエで陶器を作る 写真提供/松尾たいこ

いま思うと、この「違和感」は、まるで「仕事をしたい」という私に対して、「長い年月仕事をしてきたから引退しろ」と言われたようなものだったからなのだと思います。それが「あなたの絵が前よりもひどくなっている」というのであれば、まだ理解はできます。スポーツ選手が「以前のようなプレーができなくなったから」という理由で引退することはあるでしょう。

でも私は思うような絵が描けないから、ではなく、「長いこと仕事をしているからやめろ」と言われたのと同じだったのです。

でも気づいたのです。レッテルを貼りたがる人はどこにでもいます。
自分で「私は大御所ではない」と言っても、その人の考え方や見方は変えられません。同じ海を眺めたとしても、キラキラ輝いていてきれいだなと思う人もいれば、その深さを怖いなと思う人もいるでしょう。そこに、どこまでも行ける自由を感じたり、ひとりぼっちの孤独感を感じたり。人の感じ方はそれぞれ。その人の目で見たそのままがひとつだけの真実ではありません。

また、私のキャリア歴や年齢に関しても、事実なのでどうすることもできません。言葉として「大御所」を使うことは、すでに引退しているような人を指すわけですから意味を間違えているとは思いますが、恵まれた環境にあったことも事実です。

ただ、現在の場所からさらに飛躍したいという私は、わがままなのでしょうか。
私はそうは思いません。だからこう考えることにしました。
変えられるのは、自分の気持ちと行動だけ。

結果、「気にしない」ことにしました。