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Suicaはなぜ世界標準にならなかった?もったいない日本の技術力

「海外で勝てない技術」からは離れよう
(以下の文章は書籍の一部を編集部で編集・再構成したものです)

「技術も意欲も能力もある日本の企業が、アメリカのGAFAや中国のBATHのようなテクノロジーに秀でた海外の巨大企業に押されがちです。日本の損失ですし、とても、もったいないことだと思います。ただ、海外の企業と闘うためには日本側も意識をしっかりと変えていく必要はあると思っています。私はそのお手伝いがしたい」初の著書『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』を上梓した山本康正氏はそう主張するのである。

2020年代を生き残るために、企業が、個人が身につけなくてはならない「テクノロジーへのリテラシー」とは何か。UberやSuicaの例を交えて解説する。

変化を拒んだ代償は、5年後にやってくる

既存の企業は、自分たちが現在収益をあげているビジネスを脅かすような新しいテクノロジーを、なにかと理由や理屈をつけては否定しようとする。

日本のIT関連企業がクラウドコンピューティングに大きく出遅れたのは、アメリカでいくつかの企業がクラウドを推し進めようとしていたときに、日本企業でこのテクノロジーに未来を感じていた会社が1つもなかったからだ。

 

「アメリカと違って、日本ではサーバーを販売するビジネスを続ける必要がある」

「クラウドコンピューティングは危険だから受け入れられないんじゃない?」

こうしたネガティブな情報を、当時はまことしやかにITベンダーたちが話していた。巨人IBMでさえも、サーバーを販売する自らのビジネスを破壊するクラウドには積極的ではなかった。

先を読めなかった結果は、5年後、10年後にじわじわとやってくる。結局、恩恵を受けられずに損をするのは、テクノロジーの知識や情報に疎い人なのだ。

日本で普及しているものが必ずしも海外で普及するとは限らない

耳の痛い話で恐縮だが、日本でしか流行していないテクノロジーには「外貨を稼いで成長する」という視点から言えば、あまり意味がない。それがどんなに素晴らしい技術であっても、だ。

日本発だろうが外国発だろうが、重要なテクノロジーが世の中に出てくると、アメリカやほかの国も一斉に反応するはずだ。にもかかわらず、日本でしか盛り上がっていないものは、未来のテクノロジーとしてあまり評価されていないということだ。

テクノロジーに関して日本は世界をリードする存在であるという言説は、残念ながら、もはや幻想に近い。バブル時代のお金があふれていた時期はともかく、日本発のテクノロジーがいきなり世界の最先端に立つケースはほとんどない。

たとえば、ソニーの非接触型ICカードFeliCaシステムがある。1997年に香港ではじめて導入され、その技術を用いて2001年に日本に導入されたのがSuicaだ。カードをかざしてからの反応時間が0.1秒というテクノロジーは文句なしに素晴らしい。しかしながら、それをつくるためにFeliCaに支払う特許料もかかっているので、素晴らしい技術でありながら、世界標準にはならなかった。

Suicaは素晴らしいテクノロジーだが世界標準にはならなかった(photo by gettyimages)

日本は通勤ラッシュがひどいので、短い反応時間によって混雑が緩和されるという効果は確かにある。しかし、海外には日本と同等の通勤ラッシュという概念はなく、そこまでのスピードで処理する必要はない。導入が高額になる「並外れて優れたもの」と、それよりもはるかに安価な「優れたもの」とでは、どちらを海外企業や消費者が選ぶのかは明らかだろう。Suicaは国内の市場を想定してつくられた。国内市場ではたいへんに価値がある。だからこそ、これだけ優れた技術を海外に応用してSuicaとは別の製品を用意し、海外の市場をとれなかったのはとてももったいないことだと思う。

ここまでテクノロジーを突き詰められたから、それをフルに発揮した製品をつくりたいという気持ちは、私も理系出身なだけに、とてもよくわかるのだが、日本人は受け入れても海外では受け入れられないこともある。そこまでの必要性を感じられないからだ。