独身アラフォー女性が「地元での年末年始」にブルーになる諸々の事情

棲み分けていた人が集まって起きる軋轢
藤井 聡子 プロフィール

30歳の年には「もう30になってしまった。ますます嫁にいけんくなる」、40歳の年には「とうとう40になってしまった。どう転んでも嫁にいけんから、ひとりで入る墓を探す」とぼやく。身内からのプレッシャーがそうさせるのか、田舎の空気が劣等感を抱かせるのか、それとも東京では弱音を吐けないのか。

「東京は人が多い分、生き方の選択肢もたくさんあるけど、狭い富山だと独身ってだけで悪目立ちする。私なんか絶対にここで住めんわ」

散々ぼやき切った後、故郷には戻るまいという決意を新たにした様子でAは東京に帰っていった。かつての私もそうだったのだろうと思う。

決意も新たに東京へ帰る〔PHOTO〕iStock
 

「中央から目線」の罠

Aが抱える帰省ブルーや、地元に対する眼差しは私もよくわかる。しかし一方で、故郷に帰る側から、帰ってくる人を迎える側の立場になったことで別の側面が見えてきた。「帰省ブルー」やその背後にある都会の中央的な感性は、ややもすると暴力性をはらむのだ。

私がまだ東京にいた頃は、帰省するたび富山の寂れっぷりに「懐かし~!」「なんもねぇ~!」「民放3つしかねぇ!」と喜んでいた。地元で働く友達に「やっぱ、一回、東京に出たほうがいいよ。井の中の蛙になっちゃうよ~」と偉そうに語っていたが、東京の雑誌業界の末端でゲコゲコと鳴いていたのは私のほうだった。そして勝手に東京に負けた気になり、勝手に富山に逃げてきたのだった。

帰郷した当初、私は自虐的に「都落ちした」と周囲に言いまくっていた。自分たちが暮らしている場所を、「落ちた地」呼ばわりされた同級生たちはどう思っていたのだろうか。「富山に住めない」=「住みたくない」というAの姿は、あの頃の自分とダブる。故郷に対する上から目線の物言いに引っ掛かってしまうのは、私が富山の中の人間になったせいでもあるのだろう。