韓国人コメンテーター・金慶珠が激白「私って嫌われ者でしょうか?」

日韓関係の状況が悪いと、叩かれる
小泉 カツミ プロフィール

それでも悔しいと思うこともあった。

「一所懸命やればやるほど悪玉になっていく、という矛盾もありました。一所懸命なぶん叩かれる。すると『よし、今度こそ』という強い思いも出てくる。そういう空回りの時代もずいぶんありました。

だったら、私に与えられる舞台が悪玉なら、それはそれでこなすしかない。私としては、修行のつもりで出てましたね。おかげさまでずいぶん叩かれ強くなりましたけどね(笑)」

 

韓国で生まれ、日本で育った

金さんは、韓国ソウルで生まれた。1974年、7歳の時に父親の仕事の関係で家族で来日。父親は韓国の銀行に務めていて、関西にあった支店に配属となったのだ。

「小学校2年生で来て、6年生まで日本にいました。公立の普通の小学校でしたね。言葉もまるでわからなかったけど、子どもだったのですぐ覚えました。3年生の頃はほぼ会話に困ることはありませんでした。クラス替えの時に『寂しいね』と友達と話したのを覚えています」

そして小学校卒業と同時にソウルに戻り、ソウル市内の中学に進学した。

「向こうに帰ったら、年配の先生が、歴史の授業で『日本は悪い国だ』とか言うので驚いたんです。うちに帰って母親に『お母さん、日本って悪い国なの?』と泣きながら聞いたらしいんですね。『悪くないのにぃ』なんて言ってたみたい。

ソウルの学校で習う日本の姿と、一般の韓国人が認識する日本の姿、そして私が経験した日本の姿は全然違うわけですよ。そういう違和感はあったけど、でも『そんなもんかな』とは思っていましたね」

アイデンティティでいうと、金さんは韓国人なのだが、普通の韓国人ともちょっと異なる。

「小学生って言語獲得機能があると同時に、文化獲得機能もあるんですね。だから、私には『畳の匂い』や、『コタツに入ってみかんの皮を剥きながら紅白を見る』という体感的な理解が備わっている。在日でもないし、大人になって日本に来たニューカマーでもない。第三のアイデンティティみたいな。幼少期は日本で過ごして、韓国に戻る。ちょうど70年代に韓国で出てき始めた帰国子女的なものかもしれないですね」