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世界中が「他者との共存」を拒否し「離脱」を求め始めた現代について

1989年から世界はこんなに変わった

1989年から世界はどう変わったか

「会社を辞めたのだけれど…」と告げに来た友人から、ことの経緯と顛末を聞いた。詳細は書けないが、会社が愛着の対象から、その理不尽な処遇に抗議をする場になり、「もう同僚と同じ部屋にいることすら耐えられない」状態になってしまったらしい。「辞める」という本人の判断を尊重したい、と思って黙っていた(正確には言葉がなかったのだが、それは文章末までお付き合い願いたい)。

「資本主義の世界だから、しょうがない。力もないくせにうるさいやつだった、という話でまとめられるだろう。いわゆる自己責任ってやつだね」と話す友人を見ながら、未だ世界が資本主義に覆われていなかった時代に想いを馳せた――。

本稿では、「ポスト冷戦の世界」が出現した1989年との比較で、現代について考えてみたい。「開かれた世界」や「自由民主主義」が希望に満ちて語られた1989年から30年が経ち、世界の様相は大きく変わったように見える。キーワードとなるのは「離脱」だ。

現在、世界中で1989年の理想に逆行するかのように、自由主義や民主主義から、人々や組織がそれぞれの論理で「離脱」することを求め始めているように見える。その背景では、人々が他者との共存を拒否し、純粋な「われわれ」を求める機運が高まっているのかもしれない。

ベルリンの壁崩壊(1989年11月)〔PHOTO〕Gettyimages
 

「ポスト冷戦の世界」とは何か

さて、東西を分断していたベルリンの壁の崩壊(1989年)から、30年が経過した。当時の出来事を乱暴に図式化するならば、以下のようになるのではないだろうか。

社会主義圏の東欧諸国で暮らしていた人々の一部は自由を求めて西側へと脱出し、ある人々は自らの国にとどまり、街頭に集まり異議を申し立て、ついには体制内改革派と協力して「東欧革命」という民主化を成し遂げた、と。

A・ハーシュマンは『離脱・発言・忠誠』において、組織において人々が選択し得る行動として、「忠誠(loyalty)」「発言(voice)」「離脱(exit)」の三つの類型を挙げた。それにならえば、旧社会主義体制から人々が「離脱」し始め、とどまった人々は「発言」し、やがては社会主義体制に対する人々の「忠誠」は失われた、と整理できるだろう。