1月17日 探検家R・スコットが南極点に到達(1912年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1912年の今日、英国の海軍大佐で探検家のロバート・F・スコット(Robert Falcon Scott、1868-1912)が、2回目の南極大陸遠征で、南極点到達を果たしました。

【写真】ロバート・スコット
  ロバート・スコット大佐 photo by gettyimages

半生と第1回の探検

スコットは、イングランド南西部の港町プリマスで1868年に生まれました。海軍兵学校、海軍大学校を出て、海軍士官として任官しました。1899年、少佐だったスコットは、元海軍軍人で北極探検の経験のある、クレメンツ・R・マーカム(Clements Robert Markham、1830-1916、王立地理協会会長)の目に留まり、国営南極遠征隊の隊長に指名されました。

Clements Robert Markham
  王立地理協会の会長だったクレメンツ・R・マーカム photo by gettyimages

この遠征で、南極点まであと733kmの地点まで到達。ペンギンなどの生態観察等を行い、南極に関する多くの科学的知見を携えて帰国し、高い評価を得ることになりました。

第2回南極遠征(テラノヴァ遠征)

1回目の遠征では南極点まで行けなかったなどの探検上の不満や、その際に同行したアーネスト・H・シャクルトン(Sir Ernest Henry Shackleton、1874-1922)が再び南極探険に出たことへのライバル心、また日本の白瀬中尉が南極探検に出るという噂を聞いたことなどから、再び遠征を熱望するようになりました。

そこで、自ら王立地理協会に働きかけ、また資金調達などに奔走して、1909年に2回目の南極探検を発表したのです。遠征隊は、地質学者や気象学者、生物学者、医師なども参加しており、科学的な研究を第一目標としていました。

1910年、遠征隊の船テラノヴァ号(Terra Nova)は、別行動だったスコットを迎え、最終的に1910年11月にニュージーランドを離れ、南極に向かいました。このころまでに、スコット隊にノルウェーのロアール・アムンゼン(Roald Engelbregt Gravning Amundsen、1872-1928)の情報が届き、この遠征がノルウェー隊との極地到達競争として人々に注目されていることを知ったと言われます。

スコット遠征の経過

スコットは、副隊長エドワード・R・G・R・エヴァンズ(Edward Ratcliffe Garth Russell Evans、1880-1957、後に男爵、海軍大将)の名前からとったエヴァンズ岬に基地を構え、極地探検への準備に追われました。1911年の2月には別動隊を送り出しています。

【写真】エヴァンス岬にある遠征隊基地の小屋
  エヴァンス岬にある遠征隊基地の小屋”SCOTT ' S HUT” photo by gettyimages

いくつかの単発的な調査遠征の後、スコットは、1911年の9月に南極点遠征に出発しました。16人で出発し、うち12人が4人1組となり、最終的に1組4人のチームが極点に到達することになっていました。しかし、急遽スコットの計画変更で5名のチームが最終コースに踏み出しました。1912年1月3日のことでした。

当初の予定から遅れがちになっていた遠征隊は、目的地までもう数kmのところでノルウェー隊の旗を見つけ、アムンゼン一行の先着を知ることになります。

1月17日に南極点に立ったスコット一行は、さらに苦しい南極点からの帰還につきましたが、帰還予定の3月になっても出迎えの補給隊と合流できず、1名の死去、1名の行方不明の後、他の隊員も、基地まであと十数kmというところで、激しいブリザード(寒気と吹雪を伴う強風)のなかで力尽き、凍死してしまいます。

【地図】スコット隊のコース
  スコット隊の経路。拡大画像はこちら map pic. by gettyimages

スコットと極点遠征隊のその後

1912年の11月、スコットらのテントが発見され、3名の遺体、遺品が確認されました。スコットの日記は、最後の日付が3月29日となっており、もはやこれ以上動けないこと、自分や隊員らの残された家族への支援を願うことが綴られていました。

スコットの南極行は、アムンゼンと違って科学的調査にもウェイトを置いたため、探検に集中できなかったという指摘もあります。しかし、スコットの2回の探検で行われた調査は新しい知見をもたらし、極地研究の進展に寄与したことも忘れてはならない事実だといえましょう。

【写真】極点に到達した5人
  極点に到達した遠征隊の5人。左からローレンス・オーツL. Oates, ヘンリー・バウアーH. Bowers, Scott, エドワード・ウィルソンE. Wilson、エドガー・エヴァンスE. Evans photo by gettyimages
  スコットの日記(3月29日)「我々はそれを最後まで貫き通そうとしたが、衰弱が激しく、成し遂げられないだろう。 終わりはそう遠くない。残念だが、私はもう書くことができない。 R.スコット。 最後に、私たちの家族の世話をどうか頼みます」 photo by gettyimages