「美魔女」バッシングの背後にあった「意外な呪縛」の正体

求められるのは「若く美しく」だけか?

一般的に、女性の価値を「若さ」「美しさ」におく社会認識があると言われている。フェミニストによるミス・コンテスト批判では必ず出てくる主張であるし、この文章を読んでいる人のなかにも日常生活のなかでそう感じたことがある人もいるだろう。

それでは、女性に対する認識は「若いほうがよい」「美しいほうがよい」という単純なものだけなのだろうか。以下では、「美魔女」へのバッシングを例に、より複雑な女性に対しての認識が存在していることについて考えてみたい。

 

批判によって浮かび上がる「呪い」

美容専門雑誌『美ST』(光文社)から「美魔女」という言葉が登場し、2010年代以降に普及した。「国民的美魔女コンテスト」が開催され、有名になった女性たちが本を出版したり、CDデビューをしたりと、徐々に彼女たちの存在は認知されるようになった。雑誌による定義はさておき、今や美魔女は「実年齢より若々しく見える美容に熱心な中年女性たち」を指す言葉になっている。

『美ST』2012年1月号

とはいえ、彼女たちに対して、「美魔女とか称して年増女が若作りしてイタすぎ!」(『新潮45』2012年10月号)など、テレビ、雑誌、ウェブなどで、多くの批判が巻き起こったことも見逃してはならないだろう。当の『美ST』自身もバッシングを自覚しており、以下のような典型的な批判例を紙面で紹介している(それに対する反論も行っているが)。

「いい年して、外見ばかり飾る女って痛々しいね」
「美魔女?自分を見失わなければいいと思うけど、自分のことばっかりやって、家のこと、ちゃんとやってるのかな?」
「男女平等なんて言うけど、女性は可愛く、か弱い存在、男性は強くあるべき。美魔女って強すぎるイメージだから苦手なんだよね」
「ハデすぎ。若く見えることがいいとは思えない。40歳、年相応でいいんじゃない?」
(全て『美ST』2013年5月号

なぜこのようなバッシングが起こったのだろうか。