酒に酔い、担ぎ込まれて「日銭を奪われた」冗談のようなマジな話

魔窟に踏み込んでしまった…
高木 敦史 プロフィール

しかし何を思っても後の祭りです。男は? なんかケツモチみたいな怖い人はいるのか?

房から覗くとキッチンには男性の姿はありませんでした。私は飲み干したコップを返すと、意を決して女性に言いました。

「お姉さん、俺のお金盗ったでしょ」

ここで「お姉さん」呼びしているのは精一杯の虚勢です。タメ口なのも、自分を強く見せるためです。

普段なら「間違っていたらすみませんが、あの、僕の財布の中がですね、記憶にあるよりも何かその、それでその、勘ぐるようで申し訳ないのですが、あ、何でもないです、へへっ」なんてぼそぼそと早口で言っていたことでしょう。でもきっとそれでは駄目です。これは試練です。無事生還してみせるのです。

するとお姉さんは心外だという顔で言いました。

「盗っテないヨ」
「嘘だ。盗ったでしょ?」
「盗ってないよ」
「だって俺の財布の金なくなってるもん。本当のこと言ってよ」
「天地神明に誓って盗ってないよ」

えっ、植草教授? 虚を突かれ、私は言葉を失いました。

ノリオの言葉でよみがえり

ともかく、これでは水掛け論です。声は最小限のヒソヒソでしたが、こんなふうにゴネていたらそのうち怖いお兄さんがやってくるかも知れません。その前に片付けねば。私は思考をこれでもかと回転させ、ダメ元で手鏡の人に言います。

「分かった。じゃあ、お釣り頂戴」

5千円返ってきました。

ラッキー!!! 譲歩を引き出すことに成功した私は、更なる交渉のヒントを得るべく彼女と会話を続けます。

「お姉さんは日本に来てどれくらい?」
「四カ月」
「じゃあ結構色々見た? どこかに観光したの?」
「ここと成田だけ」
「……」

悲しい話でした。聞くんじゃなかった。ともあれ、ここの金額は2万5千円だったわけで、少なくともこれは希望でした。お釣りが返ってきたということは、支払いは済んだのです。