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だから日本語はこんなにスゴい!「外国語コンプレックス」の罠

ヨーロッパ語より優れた文化だ

日本人の識字率は高かった

日本人は元々学習意欲が高い民族で、今でもお稽古事・各種スクールのビジネスは活況だ。すなわち、それだけ多くの意欲的生徒が存在するということである。

この学習意欲の高さは、少なくとも江戸時代の寺子屋までさかのぼるだろう。明治開国の際に、西洋人が驚いたことの1つに「日本人の識字率の高さ」がある。

当時は、欧州先進国でも、読み書きができるのはそれなりの階級の人に概ね限られていたのだ。しかし、日本では寺子屋教育によって庶民でも読み書きができた。これは、彼らにとって「驚愕の事実」であった。

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さらに時代を下れば、紫式部の源氏物語(文献初出は1008年)は世界に誇る古典文学だ。また、同時代の清少納言は枕草子を著したがどちらも女性だ。貴族階級とはいえ、文学作品を書けるほどの国語教育を女性が受けていたのは、当時の世界状況を考えれば重要なことである。

また、「徒然草」は日記文学の最高峰と言えるが、現代の日記であるブログも日本人の独壇場かもしれない。

少し古い資料だが、米ブログ検索サービスTechnoratiが2006年第4四半期に行った調査では、日本語のブログは全体の37%で、シェア36%の英語ブログをわずかながら抜いている。言語の使用人口を考えれば、これは驚くべきことだ。

このような、日本人の「読み書き能力」の高い水準は、貴重な文化的伝統だが、高い読み書き能力を持つ人々を前提にしているため、日本語は「高度に洗練された言語」である。

 

したがって、「高度に洗練された言語」を駆使するための高水準の語学教育が継続的に行われ、さらに日本語が洗練されていくという循環が起こる。

我々は、当たり前すぎて意識していないが、ひらがな、カタカナ、漢字、さらには最近ではアルファベットまで駆使する日本語の読み書きは極めて複雑な行為なのだ。実際、1つの言語の中で、表音文字(カタカナ・ひらがな)と表意文字(漢字)を柔軟に組み合わせたケースは珍しい。

アルファベットだけの英語などの言語、漢字だけの中国語と比較すれば一目瞭然である。ちなみに、私が知る範囲では、バイリンガル・トリリンガルの帰国子女は、カタカナ・ひらがな、それにごく簡単な漢字は使えても、新聞レベルの漢字はお手上げである。